That's 記(雑記)

ネーム ハンドルの自己満足でいろいろなことを書いてます。

教える仕事へ

朝。新聞を読む。

新聞紙に挟まれたチラシが、落ちる。

学習塾の求人――。

そうだ。
これまで、アルバイトについては記述してこなかった。

それについて書く良い機会だ。仮令、アルバイトであっても、
面接に合格する事が出来れば、これからの就職活動で、
勢いを付けられるだろう。自分に自信を持つ事に繋がる。
塾は、夜間に業務を行う。日中行う就職活動に影響しないし、
多少なりとも、働くべき状況であるのは疑いがない。
それに、普段から書いていた通り……己れが教育に関心があるのは確か。
出来過ぎているタイミング。運命の悪戯かもしれない。

……でも、これから、採用試験――面接試験も控えているし、
其処に集中した方が良いか。

そう考え直したものの、家族が此れを見つけ、
己れに働くように迫って来た。……是非もなし。


そういう訳で、早速、電話を掛ける。
……しかし、繋がらない。不在のようだ。
「留守番電話にお名前と電話番号を入れて下さい。」とあるので、
「求人情報を見てお電話させて頂きました。ネームと申します。
電話番号は……。」と伝えておく。
これが正しいのかどうかは不明だが、
後は、折り返しの電話を待つだけである。

待つだけだ。

……そうして、3時間が経過した。
もう、採用募集していないのかな?

授業中で忙しいのだろう。授業が終わった、
夜遅くに、折り返しを掛けてくるに違いない。
……それまで待つのか。……もう一度掛けようかな。
それとも、待とうか……。……どうしようか……。

思えば、己れは教師、先生という立場とは
相性が悪かった。……電話が掛かって来たとしても、
噛み合わない事も有り得る……。そんな事を考えつつ。

アルバイト……此れを始める事によって、採用試験に
受からなかった時の逃げ道を己れは作ろうとしているのではないか……。
……。……退路を断つよりも、在る方が、楽なのかもしれない。

待つ事。6時間。食事を終え、歯を磨いて風呂に入り、
そろそろ眠ろうか、という時分に、遂に、電話が鳴った。

「もしもし。ネームです。」
「はい、こちら……塾の……です。エムさんで宜しいでしょうか。」
名前を間違えているが、恐らく、己れの事を示しているのだろう。
……はい、と返事をするか迷うが、今はそういう事にしておこう。
「はい。」
「あっ、エムさんですね。あのー、留守電で名前と、御電話を
入れられてましたが、最後の一桁が飛んでしまっていてですね……。
総当たりで掛けまして。」
まさかそんな事になっているとは。己れの携帯電話の番号。
最後の一桁は、「9」。最後の最後の方である。かなり、苦労しただろう。
……ちゃんと、最後まで番号を言い切ってから、電話を切ったのに。
滑舌が悪かったのかな?……そのレベルで言語不明瞭なのであれば、
面接試験で落とされるのも頷ける……。……もう一度、掛けた方が良かったのか……。

総当たりしてまで、掛け直してくる。この判断は、究極的に正しい。
若し、電話が掛けて来られなかったら、絶対にその事を
このブログに書いていたからだ。
「そうだったのですか……。申し訳ございません。」
「あー、いえいえ。此方こそ、御電話遅れまして、すみません。」
と、お互いに謝罪を繰り返すという無駄なやり取りを繰り返した後、
「えーと、エムさん。」
「エムじゃなくて、ネームです。なにぬねの、のネです。
ネームです。」
「あっ、あー……そうなんですか、失礼しました。
間違えてしまい、すみません。」
「いえいえ、よく間違えられるので。」
名前を間違えられ易いのは、非常に損である、と常々感じる。
「――で、広告で、何の広告をご覧になりましたか。」
「今日の新聞に入っていた――。」
「……のチラシですね。分かりました。そこで、何と言いますかあのー、
雇用形態。常勤、非常勤とありましたが、その何方で……。」
己れ自身、これは少し、悩んだ。常勤を選ぶのであれば――。
この、終わりのない就職活動から解放される。けれども、
これまで公務員を目指して勉強して来たのだから、未だ、
その望みは捨てたくなかった。
「非常勤を希望しています。」
「これまで、アルバイトとかはされて……。」
「塾のアルバイトは、ないですね。」
「今、他に何かお仕事はされてんですか?
日中、何かお仕事をされて、夜にここに、という形ですか?」
「いえ。――現在、就職活動中でして。」
「あぁ、そうですか。内容は、どうですか?」
「苦戦していますね。」
「成程。大学はどちらですか?」
「……大学……学部……学科です。」
「で、そこから地元に帰ってきた、と。地元がこちらにある、で
宜しいですね。」
「はい。」
「何の勉強をこれまでされてきました?」
細かく答えると伝え切れないと感じたので、
現役時の受験に関する話をした。
「でしたら、学力的には子供を教えるには申し分なさそうですね。
一応、面接、簡単な学力テストをしたいと思います。
大丈夫そうですけど、一応、学力は確認しますので。
1時間から1時間30分ぐらい掛けて、面接したいと思いますので。」
「はい。」
結構、長いな……。
「で、面接の時間ですが、えーっと、ちょっと待って下さいね……。
空いてるのは……。」
「平日でしたら、大体は、大丈夫ですよ。」
「でしたら、月曜日か火曜日で……。時間は……。
お昼なんですが、12時、で大丈夫でしょうか。もっと遅い方が……。」
ピッタリ、御昼時の12時をチョイスしてくるとは。意外である。
「それでも構いませんが……。」
「時間を調整する事も出来ますよ。」
「もうちょっと遅くには出来ませんか?」
「でしたら、……夕方は一杯なんで、18時で……。」
何方とも、食事時の時間である。それなら、早い方が良いか……。
「12時でお願いします。それと、面接の場所は何処で行いますか?」
「あ、12時で。場所は……えーっと。何処にお住まいですか。」
「……です。」
「でしたら、……にある塾の方が近いですね。場所、分かりますか?」
「はい。分かります。」
「正面に大きな郵便局があって、隣に……がある場所です。」
分かります、という返事だけでは駄目だな。
具体的な位置関係を述べて、理解している事を伝えなければならなかった。
こういう所の配慮が出来ないから、己れは能力が足りないのだ。
「はい。では、月曜の12時に伺わせて頂きます。」
持ってくる物は何でしょうか。」
「写真はなくていいので、履歴書と。それと、筆記用具ですかね。」
「服装は……。」
「普段着……というか、まぁ、私服で構いませんので。」
「分かりました。では、私服で月曜、12時に行きますので。」
「あ、何で来られます?車ですか?チャリンコですか?」
「自転車です。」
「なら、そのまま塾の前に置いてくれれば大丈夫ですので。
それでは、お願いします。」
「はい。お願いします。ありがとうございました。失礼します。」
「失礼します。」

電話は終わった。
こうして、電話をしたが、具体的にどの曜日に働きたい、等と言う
具体的なイメージを持っていない。

働く事に対する思念が、己れは……稀薄だ……。

何年か前と比べると、精神状態も悪化している。
この状態で働く事ができるのだろうか。

後日。面接に行く。

12時から。家でインターネットをしている間に、気付けば
11時30分を過ぎていたので焦った。大慌てで準備をして、
向かう。暑い。

付近に着いたが、学習塾は何処だろう。見回す。
発見。平日の昼。生徒は居ないようだ。
自転車を置く。扉……ノックした方が良いのかな?
叩いてみたが、響かなかった。

ドアを開けて、挨拶する。
「こんにちは。」
「はい。」
奥から、男性が出てくる。この地域の人にしては珍しく、
背が高い。学習塾の先生という雰囲気を感じない。
教員、というジャンルで分けるなら、体育教師という雰囲気だ。
襟の付いたポロシャツを着ており、シンプルなズボンを履いている。
首には、携帯を下げている。
「面接に参りました。」
「はい。面接ね。んじゃ、スリッパに履き替えて、
奥に来てもらえる?」
足元を見ると、スリッパが一足用意されている。
側面には、靴箱。己れは靴を脱ぎ、スリッパを履いて上がり込む。
机と、椅子。個別に仕切られている。直接、先生と生徒が
向き合って勉強するわけでは、ないのだな……。
壁には、スケジュール表が貼られている。それ以外には特に何も
貼られておらず、かなり質素である。
「この1番の席に座って下さい。」
席に座る。男性も、椅子を何処からか持って来て、
此方と向かい合うようにして座る。
「えーっと。じゃ、先ずは、えー、履歴書、は持って来てますか?」
「はい。鞄の中に入れてるので……。」
履歴書を渡す。
「じゃぁ、これ読んでいる間、ちょっとこれ書いて貰っていいかな。」
渡されたのは、質問用紙。エントリーシート、のようなものである。
名前と、生年月日。電話番号と家族構成。
どの時間帯の勤務を希望しているかを書くスペースもある。
それから、志望動機に自己PR、ここで何をしたいか、この仕事をする上で
何が大切か、他にアルバイトはしているか、何処の塾に通った事があるか、
習い事をしているか、等々。全体的にスペースが小さいので、
一行で収まるよう、簡単に答えた。最後に教えられる科目を
書く欄。「専門」「指導可」「知識はある」「不可」の四段階。
「専門」とは、どの程度の水準を指すのだろう。

「書き終わりました?」
「もう少しです。」
「あぁ、もうそれぐらい書いたらいいですよ。」
途中までしか書けていなかったが、そのまま渡した。
男性と向き合う。
「別に緊張とかしなくていいんで。気楽に。」
「はい。」
「えーっと。……これ、仕事をする上で大切な事、
空白になってるけど、どう思われます?」
「生徒様の立場に立って、教えていく事が大事だと考えています。」
言葉遣いは、気を遣う。人は皆、平等ではあるが、状況によっては、
立場というものが顕在化する。指導する側、と言えども、サービス業。
「お客様」という気持ちを持たなければならないだろう。
男性は、頷きつつ、己れの話を聞いていた。
「えーっと、まぁ電話で色々話聞いたけど、大学は……で。
高校は……。中学校は……だね。」
「仰る通りです。」
「大学は――。」
高校受験の話や大学受験の話をした方が良いのかな、と
思ったが、訊かれるまでは答えなくても問題ないだろう。
「この学部を受けたのは?」
「難易度が高い学部だからですね。」
「そっちの専門を深めようとは?」
「そこまで出来るとは思っていませんでしたね。」
「大学生活はどうでしたか。」
「一人暮らしで、楽しかったですね。」
「そっか……。」
少々の、雑談。語るべき事は特にない。
「自己PR。英語は、偏差値を伸ばした、と。」
「はい。英単語を覚えて、例文を覚えて。兎に角、英語は、暗記ですね。
理解できるようになれば、成績は伸びます。」
英語に関しては、文法が大事だ、という人と、
英単語が大事だ、という人の二種類が居る。個人的には、
英単語。先ずは、言葉を覚える事が肝要だと感じている。
文法にしても、例文を覚えれば、後から理解が付いてくる。
決して、文法は軽視は出来ないが、そればかりを覚えるのは苦行であろう。
「教えられるのは、国語に英語に……数学は知識はある?」
「数学は苦手ですね。」
「まぁ、中学レベルなら問題はないと思いますよ。
で……通った事のある塾は……そこの……塾と
……と……塾……これは聞いた事ないなぁ。」
「……。」
「何を教えてもらってました?」
「英語と数学ですね。」
「塾、は経験ないとの事ですが、家庭教師とかの
アルバイトは?」
「それはした事ないですね。」
「今はお仕事はされてない?」
「そうですね。アルバイトもしていないです。」
「公務員予備校に通っているとありますが……それは
どんな授業なんですか?」
「パソコンを通じて行うオンデマンドの授業です。基本的に
受講の時間帯に関しては此方で選べるので――。」
「そうか、ある程度、融通が利くと。どれぐらい、
週何回ぐらい入れます?」
「1日か、2日か、というところです。」
「何曜日とか希望は?」
「金曜日ですね。」
「金曜日……これは……。」
「予備校が休みなので。」
「あー、そうなんだ。金曜日休みなのか。で、金曜プラス
1日を考えていると。」
己れが渡した紙にメモを取り乍ら、聞いている。
「通勤は自転車?」
「自転車です。」
「車は……自分のっていうか、家族の使えるかな?」
「共用ですね。」
「使えるかどうかは、時間帯による?」
「はい。」
「来れる時間帯は?」
「夕方帯がいいですね。」
「夜は?」
夕食を食べるタイミングも難しくなってくる事や、
事故の危険があるので、夜は気が進まない。
「出る事は、出来ます。」
「ウチは、6割が中学生が多くてですね。残りの1、2割が小学生。
残った1割が高校生っていう感じでしてね。」
6割+2割+1割=9割なので、更に残ってしまった1割が何なのか気になる。
「――ですから、夜に生徒さんが増えるんですよ。
今来られている生徒の多くが、そんなに勉強が出来る人も
少ないので、勉強に向かわせる、どこで躓いたのかを
見つける事が大事になってきます。
勉強をそもそもしていない人が多いので――。」
堰を切ったように話し始める男性。
生徒に対し、色々と思う所があるようだ。

「――こういう事を訊くのもあれじゃけど、就職先は……。」
就職活動に関する話をした。現役の時には、学校のある方で。
今は、地元、この辺りで仕事を探している、という話をした。
「市役所狙い……と。真面目そうじゃしね。」
己れは真面目そうらしい。
「……どうですか、市役所。あれって……受かるもんなんですか?」
「分からないですね。一次試験は何とかなりますが、その後が大変ですね。」
「仕事決まったら、その後はどうされます?」
「4月入社なので、それまでは働けます。」
「来年の3月いっぱいまでは大丈夫……と。
これまでの所で質問は?」
普段、どういう感じで教えているのかを訊ねる。
「――ウチは、少人数で教える塾なんで、最大で3人。
大体は2人かな。1人の場合もあるけど、そういうのって生徒にも
先生にも良くないんで、大体、2人。他に質問は?」
服装についても訊いた。
「えーっと、私服で全然構わんのじゃけど、今ネーム君が着ているのは、
ズボンはいいんじゃけど、上はね、襟の付いたシャツがいいかな。
若いと、ちゃんとして見えないし、保護者さんが来られた場合にも、
こんな先生が教えてるのかって思われる場合もあるから。
今、僕が着ているみたいに上は襟付きのシャツ。ズボンは、
青いジャージみたいなんじゃなくて、布。」
との事だった。ラフである。

「じゃぁ、質問がもうないなら、一応、学力テストするので……。」
と言って、英語と数学のプリントを貰った。
「高校入試レベルのなんで、簡単ですよ。どっち先にされます?」
高校入試、と言っても結構、難しいと思うが……。
特に、数学は証明がある。己れは証明が苦手である。
「英語で。」
先に英語を注文。……。緊張から解放されたせいか、眠い。

初っ端。文法問題で躓く。忘れている。
思い出せそうで、思い出せない。熟語も殆ど覚えていなかった。
後半、文章題が多かったので、その面では楽だった。
読解は出来るのだが……。……最後の問題。長文にやや苦戦。
人物が多く登場しており、登場人物の矢鱈多いこのブログの
読者の気持ちを味わえた。この感じだと6割程度だろうか。
英語の勉強は事前にしておきたかったのだが、
教材が何一つ、残っていなかった……。

次に数学。……解の公式を忘れていなかったので、安堵した。
因数分解も、ちゃんと覚えていた。
案の定、証明問題があった。そこは諦めた。

「出来ました?」
「はい。」
「じゃぁ、解答と……問題も。」
解答用紙、問題用紙共に渡す。
「消しカスはそこにゴミ箱あるんで捨てておいて下さい。」
机の上の消しカスを集めて、捨てる。
椅子に座ったまま、待機。
「点数、付け終わりました。英語が8割、数学4割ですね。」
……。

数学4割!?

いくら何でも酷い。解答欄間違えたのかな……。
因数分解もグラフも、代入する等してちゃんと
合っていると確認したのに……。
証明の点数配分が大きかったのだろうか。

しかも、英語の点数がやけに高い。これも又、妙である。
長文の読解だけは出来たので、そこで稼げたのだろうか。
これでは、センター試験を受けても大した点数を取れなさそうだ。
今でも、7割ぐらいなら取れる、という気持ちでいたが、
甘い考えのようだ。


数学の低過ぎる点数が引っ掛かって、後の説明が耳に入って来なかったが、
今後、研修を行う、という話だった。……知らず知らずの内に、採用されたようだ。

研修用の先生が来るので、午前中に来てもらったり、
予備校から帰った後、授業の様子を見学しに来てもらったりすると説明された。

予備校の後に塾……帰り掛けに寄れる、と相手からすれば、
丁度良いだろうという気持ちで言っているのだろうが、
己れにとっては大変に感じられた。
……これまで家でのんびりと過ごしてきたせいだろうか。

「自分の口座ある?」
「郵貯ですが、あります。」
「そこに振り込みゆうことで、毎月10日振り込みなんで。」
と、給与面についての話もあった。多くの生徒の面倒を見る場合は、
それなりに給与を弾むらしい。又、勤務地が遠くになる可能性も
あるので、その場合は電車通勤。交通費も出す、と説明された。

「これから、夏に向けて色々準備してくるので。
えーっと。電話番号は……(履歴書に書いてあるものを音読)ですね。
そちらの方に掛けますので。予備校に通っている時間帯は電話しませんので、
夜20時ぐらいに又掛けます。研修期間について御連絡しますので。
では、宜しくお願いします。」
「宜しくお願いします。」
終わりだ。出入り口に向かう。
「ありがとうございました。」と、一礼。
……この辺りの振る舞い、どうすれば良いのか判断できない。
「それでは失礼します。」
スリッパから、靴に履き替えて、外に出る。

数学4割の人間が教える側に立って良いのか甚だ疑問だが、
採用されたからにはやるしかないな……。
……本当にこれで良いのか……。

余談だが、履歴書に手品が出来る、と記入していたのだが、
ツッコミはなかった。ひょっとすると、と思って書いてみたものの、
この感じだと、生徒に披露する事もなさそうである。


夜。22時近くに連絡が入って来た。
「はい。ネームです。」
「こちら……塾です。ネームさんでしょうか。」
「はい。」
「あっ、えっとですね――。」
此方が相槌を打つ暇もないぐらいの勢いで
説明される。明日、夜、予備校の帰りに見学に来て欲しい、との事。
「予備校から帰るのは何時ぐらいになりますか?」
と問われる。
「19時から20時ぐらいですね。何時に伺えば良いですか?」
「えーと、私が20時過ぎに居るので、そのぐらいに来て下さい。」
微妙に時間にズレがある。一旦、家に帰ってから
塾へ向かった方が良さそうだ。
「分かりました。」
「30分程見学を――それと、明後日には午前に座学みたいな感じで、
2時間程説明を受けて頂きますので……。明日には又その話をしますので。」
「はい。では、明日、20時過ぎに行きますので。」
「宜しくお願いします。」
「ありがとうございました。では、失礼します。」
「失礼します。」


翌日。夜。予備校の帰りに寄る。
長距離を自転車で漕いだため、かなり汗をかいた。
「こんばんは。」
教室内には、先生2人。
生徒が5人。2人が授業中。
他の3人は自習をしているようだ。
「こんばんは。今日は、授業見学だよね。
まぁ、座って、見て行って下さい。」
と言って椅子が用意されたので、座る。

こういうシーンで己れはどう立ち回れば良いのかが解らない。

授業の様子を見る。2人を、交互に教えている。
……それなりにレベルが高い子供に見える。
勉強の姿勢で、それが伝わる。
どうやら、数学を教えているようだ。

2人を教えている先生が、此方を向き直り、
「ベクトルと速さの計算教えてます。」と小声で言う。
聞いていれば、解る。

もう一人の先生が傍にやって来た。
「どう?」
感想を求められる。
「交互に教えているな、と。」
特に言うべき事が思い浮かばなかった。

その先生は、教材を見せてくれた。
「英語で、50点目指そうって子と、
80点ぐらい取れる子では使う教材も変わってくるので――。」

何冊か、教材を受け取る。センター試験のような、選択肢式の問題ではないから、
全体的にかなり難しく思えた。
難易度が低い問題集、と言っていた割には、他の冊子と比べて
内容が難しい……と思っていたら他のは中学一年生向けのもので、
これは中学二年生向けのものだった。

……しかし、存外、中学一年生向けのものでも、
レベルが高い。「神社(shrine)」とか「酢(vinegar)」とか、
そんなに目にした事の無い英単語(己れが気付いていないだけか)が
結構出てくる。……己れが高校で覚えたワードである「祈る(pray)」も
本当は中学一年生の時に教わっていたのか……。記憶にないな……。

空欄の補充。脱ぐ……熟語だろうか。解らない(答えは「take off」。
答えを知れば、そういえばそうだった、という感じである)。

改めて、中学英語は文法にかなりのウェートを置いている事を
発見する。中学一年生で、大体は網羅している印象を受けた。
出ていないのは、「過去完了」と「仮定法」ぐらいか……?
高校と、語彙の数ぐらいしか変わらないな。

巷では、中学で教わる英語で、外国人と充分にコミュニケーションが取れる、と
さも、簡単そうに言われる事もあるが、それさえ達していない人が――
己れも含めて――殆どだろう。

中学、高校と学んできて、やっと中学英語のレベルの高さを
思い知り、又、かなり多くの事を教わっていた事に気付かされる。
だが、己れはそれらを完全に、忘れている。


それは時間によって失われたものなのだろうか?
否。これは、成長によって、誰の身にも起こってる事である。

人は、思春期に記憶が整理される。それによって、脳の働きも変化するのである。
重要でない事を忘れていき、新たな人格を作り出すのだ。

子供の時の自分と、大人になった自分。変わった事に、誰しも気付いている。

子供の頃は、誰とでも屈託なく話せていたのに、今では。
子供の頃は、虫を触るのが平気だったのに、今では。

これらの現象は、思春期を経て、脳が変わる事によって
起こるのではないかと、己れは考えている。


この変化は、大人であれば、誰もが知っている事に違いないが、
これを誰一人、子供に教えないのが疑問である。

己れは……絶対に教える。忘れさせない。
教え、運命を良い方向に変える。


授業が終わり、子供達が帰って行く。
先生2人、見送る。

「じゃぁ、今日はこんな感じでやっているっていう風景を
見てもらったんで、また明日は、午前から。10時から研修するんで。」
と、先生の一人が此方を向き直り説明してきた。
「はい。明日、朝10時ですね。」
「おっけい?」
……何だ、そのノリは……。
こういうテンションは、苦手である。

やはり、己れは「教師」という人種と相性が悪いようだ。

「……。明日は、此処で研修を?」
「うん、ここでね。」

そういうわけで、今日はこれで終了。


帰り乍ら、考える。


教室では、数学を教えていた……。
勝手に、九九――百ます計算を授業に取り入れたら、
駄目なのだろうか。

……計算を教えるのは、己れには難しいだろう。
算盤を習っている事がネックになるのだ。
算盤では、態々、筆算に起こして計算なんてしない。
数字を見て、答えを一気に導き出す。その為、
筆算――特に、乗算や除算――は見ても、
どうなっているのかが理解出来ない。御蔭で、
就職、採用試験で屡々行われる筆記試験で出題される
虫食い算は、先ず、解けない。

そんな事を考えていて、ふと、思い出した。
己れは、分数やパーセント、ルートの概念が苦手だった事を。
算盤での最小単位は、一つの球である。
数は、必ず、それによって表示されるとするならば、
珠でないもの理解出来ない、という事になる。

そこに囚われたせいで、己れは数学が出来なかったのだ。
ルートのような中途半端な数が出たり、
未知の数「x」が出たりした時、己れは受け入れられなかった。
固定観念を壊せなかったのだ……。


……己れの得意科目である、生物を教える事はなさそうだな……。
植物細胞と動物細胞。実は、大きさが全然違う事。
植物細胞に含まれる液胞の役割。……。


更に翌朝。
ドアを叩いて、中に入ると女性の先生が一人居た。
講習の洗脳DVDを見させられる。
「やりがいのある仕事です。生徒一人一人の
夢の実現だけではなく、責任も求められます――。」
教育の理念等が説明される。

「貴方は、学習塾がサービス業である事を知っていますか。
――保護者にも喜んでもらえるサービスを目指して……。」
そう、生徒の影には保護者が常に潜んでいる。
これを意識しなければならないのは、確かである。

先生として絶対に守るべきガイドラインが説明される。
物の貸し借り、個人的なやり取り、私的接触(恋愛)はNGと、
極々当たり前の説明である。教える側と教えられる側。
その立場を守らなければならない、という事である。

最後に、掲示板・SNS・mixiに塾の情報を書いてはいけない、と
説明がされる。このブログも、無論、駄目だろう。

生徒の個人情報、に関する話がそこでは出ていたので、
そこは気を付けよう。実名を書かないにせよ、
どのような内容を教えたか等も記すべきではないだろう。

次に、業務の進め方。教室の掃除等、そういった雑務に
関する話がされる。その後、シフトの確認や、
生徒の情報の管理。進路指導等も行うようである。

授業。自主学習を主軸に、先生側がそれの手助けを
していく、という形式。挨拶から始まり、教科書・参考書を
持って来ているか確認。学校の授業の進度と宿題のチェック、
記録をし、授業内での目標を立てさせる。ノートの取り方を
教え、纏めさせる。問題を解かせ、答え合わせをする。
目標を達成できたかを見直させ、宿題を出し、見送る。

最後に、解らない事があれば、適宜、
報告、連絡、相談を行うように、と念を押される。

最後の最後で何故かDVDが途切れ、パソコンの電源が切れてしまった。
粗方、見終わっていたので、次は先の女性の先生から話を聞く。
話を聞いていると、段々と眠くなってくる……。
「聞いているようで聞いてないですからね。」と先生。

もう一度、DVDの内容をお浚い。
「物の貸し借りはトラブルの元になりますからね。
善意で貸しても、受け取った方は良く思わないかもしれないし、
他の人からすれば差別された、と贔屓に思いますから――
鉛筆とか消しゴムとか忘れてくる生徒さんいますけど、
そういう時も、先生が貸すって事もありますけど、そうじゃなくて、
塾に置いてありますから、それを貸してあげて下さい。時々、
返すの忘れてて、わだかまり残る、みたいな事もありますから。」
筆記用具は、確かについ貸してしまいそうである。気を付けよう。

「子供が『勉強って何でせんといけんのん?』って色々と訊いてくる事ありますけど、
それはやっぱり、社会人として課題が色々あって、それを乗り越えていく力を
付けるために――。」
子供から色々な質問を受ける、という話。

実際に使っている教材も見せてもらう。
「宿題とか出しても、ノート足りないとかでやって来ない、っていう
場合もあるので、そういう場合は塾に置いてある紙を渡して上げて下さい。
何のかんの理由付けてやって来ないので。色々な事があるので、
予測しておく事が大事です。実際、私もそういう経験があって
言えるわけですから……。」
そうしていると、最初、面接をしてきた男性の先生が入って来る。
「今、DVDを見て頂いて――。」
男性に、状況を説明する。

「実際にどういうふうに進めるかもやってもらった方がいいかも。」
というわけで、生徒役になってもらい、己れがどのように
授業を進めていくかを考える。
「では、先生、こっちに来て頂いて……。英語と
数学、何方を教えます?」
と、「先生」と呼ばれたのが印象的である。
……そういえば、名前を名乗るの忘れていた。
この人とは、初対面だからな……。こういう所に
気が回らないのが、NHの欠点である。

数学が苦手だから、と英語を選んだのだが、これが難しかった。
数学の方が、解法が或る程度定まっているので、順序を立てるのが楽だっただろう。

しかも、中学レベルの英語は文法に関する内容が多く、
それの説明をするのが非常に苦しかった。
改めて勉強し直さなければならないな……。

不定詞……。中学時代、通っていた塾の先生が
「『太ぇし』じゃないよ。」という、下らないジョークを言っていた事しか
記憶に残っていない。


宿題の答え合わせ、重要な文法のチェックとそれに関する
問題を解かせる、教科書の訳とそれの確認、次の宿題を出す……
流れとしてはこんな感じである。

一通り、終わったので今日はこれで終了。
又、明日の夜、実際の授業(人数が多い方の校舎に行くよう指示される)を見てもらい、
更に明後日には先生同士での研修。来週には一人を教えられるぐらいに
持って行く、と言われた。

己れが遂に、教える側に立つ時が来ようとしている。
己れならば、出来る、という理想と、この現実の狭間に今、居るのだ。


帰り道、どうしてこんなに中学の英語が思い出せないのか、と
過去を掘り返していると最終的に至ったのが、学級崩壊の現状である。
碌に勉強を教われなかったな……。

その後、予備校に行って勉強をしてから、帰宅。

翌日の夜。家を出ようとすると、隣に住む人が、丁度、出て来た。
普段であれば、姿を見られないようにするのだが、今行かなければ、
間に合わない。一人、家の裏に置いてある自転車の方まで歩いて行くと、
隣の住民も態々、己れの姿を見るために家の裏まで回り込んで、覗き込んで来た。

己れは、近くの駅に。そこから、電車で行く事、数分。
この駅に来るのは……。高校の時以来だ……。多くの高校生が、
乗り降りしている。駅の入り口に、警察官……。高校生に声を掛けている。
「君達……。」「あ、私が大学生で、この子達が高校生です。」
「警察に、興味ない?」「えー。警察?ないです。」
……。警察官を志望する人が減っているのか、勧誘をしているようだ。

駅から歩く事、7分。塾に到着。日差しが強く、全身、汗まみれ。

入ると、研修をしてくれる先生が居た。ロッカーに荷物を置いて来て、と
言われるが、鞄が入り切らなかった。仕方なく、スマートフォンと財布だけ、
入れた。

この校舎は、此れまで行っていた所とは違い、規模が大きい。
先生から、「雰囲気、違いますよね。」と言われる。
活気が、ある。先生の数も違う。

何人か、先生が、紹介される。
「二人とも、顔合わせた事ありましたっけ?」と研修の先生が言うので、
もしや、初対面ではなく、中学や高校が一緒だったか、等と考えてしまった。
名前を聞く。全く知らない人だった。ちょっと安心。若い先生だったが、
アルバイトで、来ているのだろう。


どのように授業を進めるか。感想を書く用の紙を受け取り、見学。
丁度、子供が授業を受ける時間らしく、多く、入室してくる。
子供達に挨拶をすべきか、悩んでいると、彼方から先に、
挨拶を貰う。一応、不審な人ではなく、先生と認知されているようだ。

授業が進められる。
己れは未だ、教えられる立場ではないので、どのように勉強が
教えられているのか。遠慮気味に、覗き込む。

先生達も、忙しそうだ。此処は、個人個人を丁寧に見るのが
特徴の塾だが、生徒の数が多過ぎて、大変な事になっている。
勉強の苦手な生徒ばかりに掛かりきりになっていて、
他の生徒を充分に見てやれていない。己れは、手間の掛からない側の生徒で
あったから、放置されている時の気持ちが解る……。

授業を受けに来たのではなく、自習をしに来た生徒(塾で
課せられた宿題を消化するために来ているそうだ)もかなり多い。

研修の先生はアルバイトの先生よりも、教えるのが上手い。
生徒の特長を把握し、レベルに合わせた課題設定をしている。
「テストで頑張っても50点ぐらいな子はプリント1枚で、
80点ぐらいは取れる子は2枚分ぐらい出すイメージで。」と
その先生は言っていた。勉強をさせる為には、先ずは自分の
身の丈に合っただけの、内容を、という事である。
正しい、とは思うが……しかし、その「50点」の子は、そのままでは
永遠に、50点のままではないだろうか。レベルの高い子供は、
大量の課題を解くから、レベルが上がっていく。
その差は開いていくばかりだ。出来る子は伸び、出来ない子は、伸びない。
其処の自覚は恐らく、在る筈だ。だが、これ以上の対処は出来ないのだろう。

授業終了。そのタイミングで、己れの面接をした先生がやって来た。
又明日には先生同士での研修も行うから、という話である。
その開始時間を教えたか、と訊かれる。聞いていない……と答えると、
驚いていた。そうだったかな、という顔である。

案の定、己れが忘れていただけだった。己れは数字に弱い。
聞いても、殆ど覚えられないのだ。

それから、大体のシフトの目途も決まったようである。
その話を少し聞いて、塾を出る。

……己れが教えるのは、男子生徒なのか、女子生徒なのか。
女子生徒だとしたら、怖いな……やや、不安になる。


駅。電車。車内は高校生のアベックだらけだった。

家に帰って自分の部屋に戻ると、何故か何処からか、
数か月前に失くしたゴムボールが湧いて出て来た。
何処から現れたのだろう。……己れが探しているものは、
いつか見つかるのだろうか。


翌日。
朝。先生同士の研修会を行う、との事である。
集合時間より10分程早く行ったのだが、既に他の先生が揃っていて
驚いた。全員が集合したので、予定より早いが、会がスタートする。

先生同士、挨拶もする。いきなり、自己紹介するように言われたので、
戸惑ったが、「この……月から、此方で働かせて頂きます、ネームと申します。
宜しくお願いします。」と無難に熟した。
他の先生――アルバイトが多い。中学、高校の時に教わって、
更に今、大学生となって此処で働いている、という人も居た。


最初に面接して来た男性――此処で、正体も判明する――
塾長は他の事業と兼業しているらしく、それの知識を披露する。

結果的に一日、過労死ラインを超えるレベルで仕事をしていると語る塾長。
好きな仕事なので全然平気なのだそうだ。
見た目、体育会系な印象と全く一致する話である。

他の事業――医療分野で得られた知見をどれだけ教育に生かせるかを今、
調べているそうである。その他、学習障害を持った子供に
どう教えていくべきかも研究しているそうである。しかし、実際、
そのような子供向けの教材が皆無で、どうすべきか悩んでいるそうだ。

人は主に視覚から情報を得ているので、それを生かして、
イラストを添えたり、或いは、見るべき情報を以外を遮断してたりして、
教材を工夫しているとの事。文字を読むのが不得意な人が、意外と多い。
成程。そうであるとすれば、シンプルな画像のみで語られる
インスタグラムのようなSNSが流行っているのも、頷ける。

五感――視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚から
得られる情報を大切にすると言う事だ。授業内では、
触覚や味覚、嗅覚を生かすのは難しいだろうが……。


その話から、己れは計算を触覚で行っている事に気が付いた。
手の感覚で、数字をイメージする。それは、己れが珠算を習っていたからこそ
身に付いた事。特殊な事なのかもしれない。他の人は、どうなのだろう。


パソコンのパワーポイントを用いて、説明が進む。

「説明が分かりらい。」

……正しくは「分かりらい」である。
己れ自身も此れを間違えていたが、ありがちな間違いなようだ。


現在、春に入って来た生徒が多く、先生が足りないそうだ。
そういう訳で、指導する側のレベルアップを図るために、この集まりが
行われたのである。

中には学習困難な生徒も少なくなく、それらの生徒を勉強に向かわせるために、
どうすべきか。それを考える。己れが一体、その中でどれだけ、生徒の力を
高められるのか……。更に、この翌日にも、ベテランの先生同士(今日は若い先生同士)で
集まって、また会をするそうである。

聞くばかりで疲れた。熱中症なのか、吐き気、気分が悪くなった。

塾長としては、この後、先生同士で懇親会もやりたかったようだが、
スケジュールが詰まっているらしく、それは取り止め。代わりに、昼食代を貰った。
二時間拘束されて、1,000円……。昨日の交通費分+α、ぐらいの金額である。

因みに、それは封筒に入っていたのだが、取り出す際に紙幣の角を破いてしまった。
銀行に行って、取り替えて貰おう。


解散。……と、その前に、己れの担当が決まったようである。
来週の火曜日から。中学3年生を見る事に。科目は、英語。
いきなり、受験を控えた生徒を見るのか。役目が重い。

しかも、その生徒は、他の塾から移って来たとの事。
教えるレベルが低いと、又、変わられるかもしれない……。
……。事前の予習が必要だな。

教科書と問題集のコピーを取って、貰う。
家に帰って、目を通そう。帰宅。その後、己れは就職試験へと向かう。
面接試験。不合格だった。

家に帰って、渡された問題集を見る。難しい。
中学の英語は、レベルが高い。……。どのように教えていくべきか……。

アルバイト、初出勤当日。
己れは予備校を休み、朝から英語の勉強に励んだ。

ファーストインプレッションが何よりも大切。
生徒に、侮られないよう、落胆されぬよう、入念に準備した。

しかし、改めて、教えるとなると、どのような意味で
使われているのか分からない言葉だらけな事に気が付く。
「不定詞」「状態を表す動詞」
「母音」「子音字」
これらを一つ一つ調べて、説明できるように身に付ける。
それと、単語の意味だけではなく、ミスがないよう、
発音も確認しておく。英語よりも、数学を教える方が
ずっと楽であったかもしれない。

身嗜みを整え、塾へと向かう。

授業開始40分前に到着。
これまで見た事の無い先生が一人、居る。
それと、研修の先生。その先生と今日の予定について
話し合う。用意された名札を貰う。これを付ければ、塾の先生に
早変わりである。

他の先生から話を聞く。己れが事前に予習していた内容と、
今回、授業で教える内容は、全く別物だった。己れの勉強は無意味だった。

「不定詞」を教えるものだと思っていたのに、学校の授業に合わせて、
「現在完了形」を教えるらしい。

己れは急いで、勉強を始めるも、間に合わず……。
生徒がやって来た。……。名前から、
予想はしていたが……女子生徒だった。
女性恐怖症を持っている己れにとっては、接し辛い相手である。

どうやって教えようか……。その、教えた先に、何があるのかを知りたい。
志望先。進学先を訊いてみたい。それを研修の先生に相談したところ、
まだ早いよ、と言われた。

……。
大学4年生が、この時期、就職先を決めてない筈があろうか。
高校3年生がこの時期、進路を決めてない筈があろうか。
ならば、中学3年生も――此処で進路を誤っても、
高校で修正できると考えているのかもしれないが……それこそ、
誤りだ。今の時期だからこそ、考えておかなければならない。

だが、ストップを掛けられたのでそれを無視して、訊くわけにもいかない。
授業……らしきものを、行う。第一印象が大事だ、と思い乍らも、
いざ、向き合ってみると全く喋れなかった。自己紹介さえも
上手く出来ない。一応、出身の高校等も伝えておいた。
此方の身分を明かす事で、信頼を得るための布石となると
予期しての行動である。

授業の進め方がよく分からないので、
一先ず、問題集を解かせる。……全問正解。
此処で、己れよりも、賢いのでは……と怖気付く。
寧ろ、解らないものが出た方が良くないか。もし、
ミスがあっても、教えられない……。

この生徒は、此処に来て未だ日が浅い。
両者、不慣れな状態なのだ。
生徒は、己れの、この教え方に疑問を持っていない。
他の先生だったら、どのように指導していくのだろう。


若い為か、かなり、集中力が高い。熱心に取り組んでいる。

採点。遂に、ミスが出た。……。凡ミスで良かった。
と言いたいところだが、そういう細かな間違いが重なると
大きな失点となる。これを防ぐ為に、しっかりと知識を
教えたいのだが……。

生徒の目が、期待感を持っているように思える。
次の己れの言葉を待っている。他の先生の助け舟はない。
此処は、自分の力でやらなければならない。

冷や汗が出る。

駄目だ。全然、上手く行かない。もう辞めようかと思った。
英語なんて、教えられる訳がない。
……。此れまで、多くのアルバイトをしてきたが、何処も、
充分に指導して貰えぬままこうやって駆り出されてきた。
どうしてだろう。学校名のせいなのか。


現在完了形を諦め、次は別の分野の問題を解かせる。
これだけ、生徒が集中して取り組んでいるのに、
己れの、この様は何だ……。これでは、時給を得んが為に
時間を過ぎるのを待っている状態だ。

見る見るうちに時が過ぎる。授業料が……。
この時間分の、授業料を貰っている側としては……何とかしたい。
が、何とも出来ない。生徒が何処の問題で引っ掛かっているか
チェックして、参考書等を用意して、どのように教えていくかを考える。

塾に置いてあった参考書が兎に角、役に立たない。
高校レベルの参考書だと、大体が解り易い物なのに、
中学レベルの参考書は、出来が悪過ぎる。高校の物を探すが、見当たらない。
あるもので勝負するしかない、か……。

問題の採点を行う。躓いていた部分の単元の参考書を見せる。
それの一部を書き写させる。……そうじゃない。
英語と、日本語訳を単に書き写しただけでは、覚えられない。
関連付けを行わなければ……。この例文を覚えさせていかなければ……。
だが……参考書に載っている例文は、役に立たない。応用が利かない英文だ。
自分でさっと英文を作れれば良いのだが……出来なかった。
英文を書く、という経験をしなくなって、日が経ち過ぎていたのだ。
使い慣れた参考書が、手元に有れば……。

地獄だった。自分が、身に付かなかった事を、それを知ってい乍ら、
自分がさせている事に。それは、凄惨な光景であった。

目標地点が見えない。勉強をさせて、それで、
何処へ向かわせようとしているのだろう。
聞かなくても良いと研修の先生からは言われたが……
志望……将来の展望を、訊くべきだった。


生徒は帰って行った。これで良かったのだろうか……。

研修の先生が様子を見に来る。生徒に書かせるべき
プリントが他にあったらしく、それに関して言及された。

夏期講習に、先生として来ないか、という提案もされる。
唐突な話だ。先々の事は、予定が分からないから、何とも言えない。

次。3日後に別の生徒を教えなければならないらしい。
此れも又、指導するのは、英語。

物凄く手の掛かる生徒らしく、勉強の意欲はあるが、
不機嫌になると物を投げ付ける等するそうである。
大変だけど頑張ってね、いつでも相談に乗るから、
というような調子で、説明をされた。別の先生から
引き継いで、担当する事になるみたいだ。

……。出来る生徒よりは、出来ない生徒の方が、
教え易い……かもしれない。それに、或る程度、その生徒は
此処に通ってから長い。塾でどのように学ぶか、については
それなりに身に付いているだろうから、その面は安心だ。

次……勝負は、此れからだ。己れは、変える。

今日、教えた生徒も、今回の授業で課題が見えた。
今度は、それをしっかり教えていく。

その気持ちを胸に、次の授業へ……。

数日後。

己れは、此れの勉強に掛かり切りで、就職について、
何も行動が出来ていなかった。教育に関して、物申したい部分が
多い故に――不満があるが故に。手が抜けないのだ。
己れが此処で得た程度の水準の授業を、
子供達に味わわせたくなかった。

教えるべき内容は事前に、聞いていたので、
それの予習をしっかりと熟す。今度こそ「不定詞」だ。
己れ自身も、正直、「不定詞」と言われてもよく分からない(「to」の後に
動詞の原型が来る、名詞的用法・形容詞的用法・副詞的用法の3つが
ある、程度の認識)ので、その「分からない」を失くす為に、勉強に励んだ。

で、塾に行く。

今日教える生徒の話を聞く。

別の先生からの引継ぎとなるのだが……。
教える範囲は、不定詞ではなかった。他の範囲は、
手を付けていない。

……。

生徒が来てしまった。しかも、訳の分からない課題を課せられている。
教科書にある英文の暗記、である。こんな長い文章、覚えられる訳がない。
まさか、書けるのか、と思い乍ら、書かせてみた所、
案の定……。それでも、二、三行書けただけでも偉いものだ。

この課題に何の意味があるのか?教科書の文章は、
物語形式になっており、文法的に大事でない部分も多分に含まれている。
無駄が多い。……そう考えてしまうのだが、そうではないのか?
解らない。教える役を、代わって欲しい。

一先ず、その課題は置いておいて、次。

己れの前に、その生徒を受け持っていた先生から
「文法、教える前に軽く解説しておくといいですよ。」という
当たり前過ぎるアドバイスを貰う。

そう言われても、いきなり細かに解説なんて出来る筈もなく……。

問題を解かせる。そうすると、正解と違う解答が出る。
でも、間違えは良くない、ミスをするな、等とは言えない。
それは、此方の責任である。間違えている事等、
生徒は良く、理解している。答えを見れば、そういう間違えをしたのか、
という事ぐらい、理解できる。それを更に、間違えた部分を取り立て
細かに解説し、傷口に塩を塗るような真似をするのか。

……。生徒の反応は、皆無である。
因みに、又も女子生徒。女子中学生には……。

……。トラウマしかないな。

授業時間が半分過ぎた。
思ったよりも、集中して取り組んでくれているのが、意外である。

このまま淡々と教えているのもつまらない。教え方が下手な癖に、
問題ばかり解かせている苦行を味わわせているこの状況。可哀想である。
「丁度、半分が過ぎましたので……。」
切り出す。
「英語を使って、ゲームをしませんか?」
いきなりの提案に、生徒は苦笑いして、首を傾げる。

己れが提案したのは、英単語を使ったしりとりである。
ワードチェーン、というらしい。英語圏では知名度は低いそうである。
これは昨夜――昔、学習塾で英語を使って先生としりとりをした事がある、と
思い出したからである。もし、英語の勉強をするつもり皆無であるならば、
最初にこれをするつもりだったのだが、存外、最初に気を入れて
集中してくれたので、このタイミングで入れ込む事にしたのである。

その序に、語彙力。どれぐらい、英語が出来るか、というのも
把握出来るのではないか、と判断したのである。

……。

存外、レベルが高い。このぐらい書ければ、
知能指数的にも問題はなさそうである。

この生徒の事を、「手のかかる生徒」だと、
先生達は形容していたが……。
学力的には問題ないのか……?

そうやっていると、塾長が来る。
「へー、英語のしりとりか。簡単でしょそんなん。
もっと文字数とか4文字とか5文字以上とか、そういう
縛りいれんと。」と生徒に言う。
「いやー、それは無理。」と生徒。

……。しかし、この英語しりとり。「t」の出現率が高過ぎる。
「e」「o」「r」もそこそこに出る。反面、「a」「h」「u」「v」等はそんなに出てこない。
次、やる時には、もう一工夫、必要かもしれない。

そういう訳で、続き。問題を解かせる。
最後に、課題として、英単語の暗記を課す。
英単語の暗記は、これまで宿題として言い渡された事がないだろう。
そんな中、急に英単語を覚えてこい、と言われても生徒としても
混乱しただろうが、今回、ワードチェーンをしたのが功を奏した。
直ぐに受け入れて貰えた。

授業後、予習用に問題集のコピーを取らせてもらい、帰宅。

アメリカの大統領、と言うと、己れらぐらいの世代の印象であれば、
オバマ大統領。彼の「Yes,we can.」という台詞が印象強いが、今の生徒達は、
それの記憶は殆どないだろう。アメリカ大統領と言えば、
トランプ大統領。「Make America great again.」……。此方の方が記憶に
残っているに違いない。その辺りの、ジェネレーションギャップも、
意識しておかなければな……。


翌週。
これで塾に来るのは三度目だ。

生徒に教えるべく、予習の為に予備校の方を休んだら、
両方行け、と言われる。予備校には高いお金を払っている。
塾は、行こうが行かまいが、どうでも良い、という主張だ。
その通りである。

更に、貴様の友達は早朝にアルバイト、昼には学校、
夜は塾講師とやったのだから、出来ない筈がない、と言う。

全てを一気に、同時にやった筈があろうか。
少しずつ、慣れてから、増やしていっただけである。
指導に当たって未だ数回目。初対面の印象も
宜しくない。生徒に不安を抱かせている。

……手を抜けない。己れは、運命を変える立場にある。
己れと同じ思いはさせたくない。絶対に……繰り返しではいけない。

そういう思いを胸に、予習に励む。

だが、予備校に行かないのは良い事ではない。
就職に向けて動かなければ……然し、体力面が……。
己れは、日に弱い。長時間、日光に当たっていると直ぐ、
熱中症になってしまう。体調も芳しくない。

本当は、予備校にも行きたい。此れまで、土日含めて、毎日行っている。

そこで無理をして、体を壊しても自分の責任だ。
それなら、自分の出来る範囲で努力するだけ……。
……。そういう考えがあっても、そこを譲って変えてしまうから、
己れは駄目なのだな。次は、身体を壊してでも、予備校にも、
塾にも、何方にも行くだろう……。


塾へ。
先週教えた生徒と、同じ。二度目である。

課題も己れが出したし、勉強する範囲も予想出来た。
或る程度、自分のサイクルというものを作れれば、
そこに生徒を乗せるだけ。自転車の漕ぎ始めと同じである。

……と楽観視していたが、此処でも、多少の波乱が。
学校の「セミナーテスト」があるので、それに向けての
勉強をさせて欲しい、と先生から言われたのだ。

「比較」を教えて欲しい、との話である。

己れは助動詞の勉強をすると判断して、其処に力を注いでいたのだが、
比較はノーマークだった。教えられる気がしない。困ったな……。

悩んでいる間にも時間は過ぎる。……生徒が時間ギリギリになっても
来なかったので、ちょっと焦った。

生徒が来た。通知表の成績を書かせる。
先生に書かせるように指示されたのだ。
……。極めて、平凡である。英語だけ、点数が良い。
そういうタイプか……。……。英語の点数が良い割に、
通知表の成績が悪いのは、謎だ……。……でも、
思い返してみれば、こういう事は頻繁にある。己れも、そうだった。
テストの点数も良く、課題等、真面目に提出しているのに、
成績が悪く付けられるこの現象……。

……。嫌な事を思い出しそうなので、考えるのはストップしよう。
今は、目の前の生徒に力の限り。教えるだけだ。

助動詞の課題の答え合わせ。それと、序に、練習問題を解かせる。
生徒は、問題集に書かれた解説を時々見て、答えをノートに書いている。
間違いを少なくしようと、気を遣わせているのではないか……。

本当は、もっと色々な事を教えたいのに、いざ、生徒と向き合うと
上手く喋れない。生徒の問題の正誤に囚われず、覚えておくべきポイントを
しっかり教えたいのだが、つい、間違えた所にばかり目が言ってしまう。
これでは、いけない……。

……。気持ちが悪くなってきた。
ちょっと調べて来ます、と言って、席を外す。
深呼吸する。……己れの体調は悪化し続けている。
仕事に就けたとしても……これで、続けられるのかが不安である。

研修の先生から、生徒から離れ過ぎないようにと注意された。


己れは、助動詞の仕上げに、生徒に英文の暗記を課した。
ポイントを押さえた英文を選んで、覚えさせることにした。
文法的に指導しても、身に付けるのは難しい。
言語を学ぶ上では、言葉を覚える方が文法よりも先である、と思うのだ。
そこで、英文を覚えて貰う事にした。確実に、知っている英文を増やす事で、
英作文にも対応できる。並び替えの問題でも間違え難くなるだろう。
という話を、生徒にする。ノートに何を言うべきかメモを取っていたので、
己れはチラ見し乍ら喋っていた(言い残しがあるのが嫌だった)のだが、
それを読んでいたのが生徒には看破されていた。

比較を教える。基本の問題を解かせていたら、時間が過ぎた。
課題を言い渡す。練習問題と、英文の暗記。練習問題は、朝、暗記は夜に
するよう、指導。朝は、脳が活発で、新たな問題を解くのに向いており、
夜、睡眠中に記憶が保持されるので、寝る前に暗記をした方が良い、と
聞いた事がある。実際、どうなのか。真偽は不明だが、そう思わせておく事で、
プラシーボ効果も多少は見込めるだろう。

「授業の振り返りシート」を書かせる。

これは前回、生徒に書かせていなかったので、研修の先生に
怒られてしまったものである。授業の時間を使って書かせるのが
勿体無いと感じてしまうので、個人的には書かせたくはないのだが……。

それともう一つ嫌なのが、「反省点」という項目がある事だ。
何故、生徒自身、好きでもない勉強をさせられた上に、
反省までさせられなければいけないのか?理解不能である。
勉強を余計に嫌いにさせたいようにしか思えない。

生徒が、其処にシャープペンシルの先を当てた瞬間、己れは
「そこは書かないで下さい。」と言っていた。
「他の先生はどう指導するかは分かりませんが、この授業では
反省点の項目は書かないで下さい。勉強させられた上に
反省させられるなんて、罰ゲームと同じです。ですから、書かない。
勉強をして、悪いなんて事はない。仮令、解らない事があっても、
解らない事が解った。それは良い事です。ですから、反省は、なし、で良いです。
いいイメージで、終わりましょう。」
生徒は、困惑していた。己れの哲学は、伝わらなかったようだ。

生徒は帰って行った。

他の先生と、話をする。……授業中、他の先生は、語気を荒げて
生徒に指導していた事が、本当に嫌だった。先生が怒った所で、
何の意味もない。生徒に、その感情が伝播するだけだ。

研修の先生に、又も、「授業の振り返りシート」に不備がある、と
言われる。課題や次回の勉強内容等を書いておくように、と指導された。
今回の授業一つであたふたしていたのに、その次、と言われても……。


その後、遂に契約書――雇用契約が結ばれる事となる。
甲、乙、とそれらしい文となっているが……全体的に曖昧で、
厳格さから程遠い文章である。コマ数のみ、給与を払う、と
書いてあったり、事務給が出るとも書いてあったり。どちらなのか
謎が多い。雇用契約の終了日は、来年3月31日となっているが、
そこは流動的、場面によって変える、と説明される。契約の相手方、
塾長の姿は見えないが……。

名前と、住所、電話番号とサインをして、契約完了。

それから、この塾との約束事(政治的な活動はしない、問題文を他所に流出させない、
この塾と同じような形態の塾を作らない等)のような文章も読まされ、それにサインをする。
服装に関する注意書き……。もっと見ておきたかった。
コピーを貰えるよう、お願いしておくべきだったか。

問題文の流出――予習用のコピーを取っても構わないけど、
コピー代が掛かっているのでそんなに沢山はコピーしないで、と念押しされた。

……。かなり遅くなった。帰ろう。

口座番号は伝えていないが、これで良いのだろうか、と思い乍ら、帰宅。
夜は涼しい。


数日後。

新たに生徒が入ってくるらしく、その担当を任せる、と塾長から告げられた。
今度は数学。とは言っても、基礎的な力が全然足りていないから
教えるのに問題はない、と言われた。
数学に大切なのは、計算の速さと正確さだと誰かが言っていた。
基礎の確認も兼ねて、100マス計算でもさせてみようか……。

それと合わせて、来週、普段の授業以外にも夏期講習で
入ってくれないか、と頼まれる。因みに、その時間に関しての
時給は、格安である。……予定、空いているだろうか?
一応、大丈夫だろうと判断したが……果たして。

予習をして、授業へ。宿題としていた
英単語の暗記、どれだけ覚えているかチェックしてみたが、
今一つ。どうやら、勉強してきていなかったようである。

生徒のモチベーションが見るからに低い。
だからと言って、どう出来る訳でもなく……。


そこで、英語だが、数学的な話――並び替え問題の、確率についての
話をしてみたが、しっくり来ていないようだ。数学は、苦手だったか。それとも、
確率は、中学生では習わないのだろうか。訊いたら、習った、というような
返事が返って来たが……。

このように、面倒だ、という態度を全面には出しているが、
それでも、勉強を課せば、きちんと実行する。若いからこそ、
成せる業である。もう少し、教える際に緩急を付けて、
印象に残るような授業を行いたいところである。


英語には、似たような意味を持つ異なる単語が出てくる。
「can」と「be able to」はその代表であろう。どうして、この2つが
存在するのか。そういう、何故、という質問を投げかける。

教えられるばかりではなく、積極的に疑問を抱き、
調べて欲しい。其処が、最終的な目標である。
それが功を奏したのか、自ら辞書を引くシーンが見られたのが
良かったと思う。単に、辞書を引く、という習慣があるから、なのかもしれないが。

時間が過ぎる。英単語の暗記と、英文の暗記を課す。
次、覚えて来てくれなかったら、どうしようか。
最悪のケースを想定に入れつつ、帰宅。


週が明ける。案の定、夏期講習の日、予定が空かなかった。
大丈夫だと言ったが、それを安易に翻すとなると、気が引ける。
でも、行けないのだからどうしようもない。就職――採用試験の方が
大切である。


翌週。面接が入ってしまい、夏期講習に行けない事を伝えると、
すんなりと納得してくれた。かなり渋るかな、と予想していたが、
仕方のない事だからか、直ぐ受け入れてくれた。
それから、研修の先生から、来週からもう一人の子の指導に
入ってくれと言われる。先週、塾長から言われた通り。
数学を教えなければならない。
それなりの問題児らしい。数学……。教えられるだろうか。


一先ず、今回の授業の予定を確認する。

カレンダー……塾の予定表が目に入る。……。盆休みがある。今年は、
8月11日から16日までの5日間。……8月11日は
祝日だったのか。山の日なんて、いつ出来たのだろう。

何週間か前、プッカ氏から、その5日間で友人らで旅行しよう、と
誘われていたのだが、金銭的に余裕がない事や、予定がある――就職試験が
行われる可能性があるから、と拒否した。……この時期には、無い、と
考えるのが当たり前みたいだ。……又、己れは一人になった。

受験勉強の日々を思い起こす。
知らず知らずの内に、周囲を追い越して、学力が上がり……。
己れの周りに、人は増えたが……孤独になっていくような感じがした。
己れが、彼ら、かの女らを置いて行ったが、今度は、己れが置いて行かれた。
社会に出ぬまま、時が流れて。何年も、何年も……。

……。

生徒がやって来た。教えるのは、英語。
英文を覚えて来てもらったので、どれだけ暗記しているか、
チェックテストを行う。……。真面目な生徒だ。しっかりと
覚えて来ていた。このぐらいの中学生ぐらいだと、英語の授業で
こうして英文を覚えて来てもらう、という経験は殆どないだろうが、
これだけ書けたなら、充分である。
本当は、完璧に覚えて来てもらうのが良いのではあるが、
志望先のレベルを考えれば、この程度で十分だろう。

……。志望先のレベルが高くないのが気掛かりである。
英語は出来ているが、他の科目が……。

普通科の高校に進学するのであれば、出来る限り、レベルが高い方が良い。
周囲の環境、生徒のレベルが高いからである。
そのため、教師のレベルも或る程度は見込める。

無理にレベルの高い学校に進んで、落ちこぼれるよりも、という
考え方もあるかもしれないが……。……。
……。今から本気で英語の勉強に取り組めば、有名私学に合格する事も
決して不可能ではないと思うが……。しかし……。
……上を目指せ、とは言えない。上を目指して……何処へも
行き着かなかった己れが……。


英文を書かせた後は、課題として出していた問題集の答え合わせ。
正解、間違いに関わらず、重要なポイントを見直していく。
時折、洋楽や映画の話もする、余談と合わせて、関連付けしていけるように、
話もする。日本語訳を読み、英文を読み上げる。……。生徒の写し間違えが多く、
戸惑う事が多かった。朝、問題集を解くように指導したせいか。
寝起き直後に問題と向き合ったのだろうか。
それで、こうなったのかもしれない……。

1対1で授業が出来るのも、これが最後なので、英語しりとり、
ワードチェーンをする。……苦戦していた。
変化形を多く出す等、英語の応用力はあるが、発想の部分で
今、己れが教えているもう一人の子に劣るか。

そんな休憩を挟み、問題を解かせていく。
英語のポイントを指導していくのだが、かなり言い忘れが多い。
事前に、ノートに何を言うべきかメモをしておいたのだが、
いざ生徒を目の前にすると、話の流れもあり、それを
出し忘れる事が多かった。

最後に、課題を言い渡す。本当は、英単語も覚えさせたいのだが、
中学レベルだと、相応しい英単語帳が見当たらないので、指導が難しい。
英文を覚えて来てもらうくらいしか出来ない。
それから、問題集の何ページかを出す。己れは多くを出題しなかった。
他の科目の点数の低さが気になるからである。


授業終了。生徒達が帰って行く。
授業前に言っていた数学の指導の話をする。
今、別の先生が教えているのだが、
それを己れに引き継がせるつもりらしい。

その生徒の特徴を聞く。サボり癖があるから、気を付けなさい、と……。
……。聞いている内に、段々と気持ち悪くなってきた。己れのこの症状……。
学生時代に発症して以降、収まらない。自分の思い通りにならない
この身体が、恨めしい。顔色が悪くなっているのではないか、と
不安になる。

それから、別の……、数日後、教える生徒の話をする。
「結構、素っ気無いでしょ。」と研修の先生が言う。
「私なんてウザって言われましたから。」
と、その己れに生徒の特徴の話をしてくれた先生が話す。
「それは私はないですけど、筆箱投げつけられたりとか……。」
……。指導していて、反応はないけど、そこまでされた事はない。
中学生なんて、そんなものである。
「色んな子が居て……いい社会勉強になるでしょ。」と
研修の先生。


数日後。
その生徒の授業になる。他の、女性の先生が、
その生徒に、服装が涼しそうじゃねー、と声を掛けている。


英単語・英文の暗記を課していたのだが、
全く覚えて来てくれていなかった。

或る程度、想定はしていたが……。
流石に、英単語40個を覚えて来て欲しい、という課題は重過ぎた、というのは
想像できたが……僅か3問しか答えられないとは……。
しかし、この生徒の能力を考慮すれば、本当は出来る筈である。
10個ぐらいは解けるだろう、と想像していたのに、それを遥かに下回った。

教科書の最後の方にある単語の欄。
「a」から始まる単語を覚えて来て欲しい、という課題だったのだが、
己れのテストの仕方が悪かったのかもしれない。今回、己れが
英単語を書いて、それの日本語の意味を答えさせる、という形で
出した。己れの字が汚かった――教科書とフォントが違うから、
戸惑ったという可能性もある。

それに、中学生では英単語を覚えるように言われないから、
その重要性が十分に伝えられていないのかもしれない。

英文も同様。家で、勉強していないようである。
その習慣がないのか、それとも、出来ないような環境にあるのか……。


問題集を解かせていく。授業時間、半分ぐらい過ぎた所で、
「a」から始まる英単語をどれだけ書けるか、勝負しよう、と提案する。
勝ったら、宿題なしね、と言う。これで己れが負けたら、面白いな……と思い乍ら。
「勝てるわけないじゃん。」と生徒。

最初から諦めるのは良くない、
出来る、出来ないは自分の思い込みである事もある。
……と言えたら良かったのだが、この提案をするのに
緊張し過ぎて気持ち悪くなっていたので何も言葉が出て来なかった。

緊張で全然単語を書けなかったらどうしようか不安になったが、
2分間で、己れが38個、生徒が20個を書いた。
今回テストした40個の英単語全てを書かれていたら、
負けていたな……。

予想では、生徒が、10個書けたら御の字。トリプルスコアになるぐらいの
差を付けたかったのだが、ダブルスコアにすら到達していない。
パッと言われてこれだけ書ける力があるのに、覚えようとしないのは
勿体無い事である。しかも、己れの書いた英単語には、
恐らくスペルミスがあるだろうから、
正確に書けているのは38個を下回る……。危うかった。
大した事ない、と思われたかもしれない。
……何とかして、知的好奇心を湧き立てるような授業をして、
成績を伸ばしていきたいところだが……。英語……。
ネイティブの人と話す機会があれば、英語を学んでいる意味を感じられて、
より一層、英語の勉強に励めるのではないか、という気がするが、
実際、そういう場所を用意するのは難しい。


問題集に戻る。教えるのは、受動態。
……。もう少し良い教え方があるような気がするのだが、
予習が足りなかったな……。……。今は夏休み。
もっとペースを上げるべきか……?


生徒に色々と話し掛けてみるが、無反応。先生と生徒、という立場がなければ、
絶対に話す事の無いタイプの2人だろうな……等と言う事が少し頭に浮かぶ。
外形的にはそうだが、耳だけは傾けてくれていると信じて、
大事なところは繰り返して、記憶に残るように、話し続ける。


課題を言い渡す。さっきの勝負で、頑張って英単語を書いてくれた事もあり、
その量は減らす事にした。……課題を多く出すと、予習が大変である。

課題を多く出す、というのは生徒にとっては厄介かもしれないが、
先生側がきっちりと予習している場合に限っては、素晴らしい先生である、と
言えるのではないだろうか。

英単語は諦め、英文の暗記だけを課す事にした。
これで覚えて来なかったら……。

……。

授業終了。生徒は帰って行く。塾長と何かを話しているようだ。
塾長がやって来て、どうだった?と訊いてくる。
やる気を出させないと駄目ですね、と答える。
ホントは出来る子なのにね、と塾長。能力は、理解しているようである。

それと、振込先について訊かれた。
銀行口座か……。この地域で使えそうな銀行は……。

「ゆうちょ銀行」ぐらいしかない。
そこへの振り込みはした事がないから出来るか分からない、
手数料が掛かるから、とやや渋る。地方銀行の口座を持っていないかと
訊かれる。……作った方が良いか。


帰宅。どうすれば、生徒の意欲を上げられるか、考え乍ら。

……。
己れは、何故か穏やかな気持ちになっていた。
一人の生徒を見ると言うプレッシャーは強かった……責任も重いが……。


此処が、己れの人生の到達点。限界だったのだ。
……今、死んでも悔いがないような、これで終わっても
良い。そんな、波の立たぬ海のような、感覚だ……。

生まれたからには、死ぬ。早いか、遅いのかの違いだけだ。
死に対する、恐怖心はあるが……。

不思議と、満足感を得ていた。
教え子が、まるで自分の子供のように思えているのかもしれない。
自分の考えを伝えたから、もうこれで良い。そんな感じなのだ。

決して、自分から命を絶つ事はないが、このまま事故に遭って、
この世から去っても……。

……。塾で子供を教えて、そういう感情を抱くとは、
予想もしていなかったな……。


次の授業。

今度は生徒が一人増える。初対面なので、
出身の学校を名乗ったが、知らなかったようである。

教えるのは数学。これまで1対1で教えるのを前提に
課題等を設定していたため、二人同時に見るのは不可能だった。

放置状態になっており、非常に拙い状況である。

数学は、予想はしていたが、難しいな。何処から教えれば良いのか……。
……。問題を解くように指導するも、何もしていない。
けれども、勉強をする意欲はあるようで、一応は
教科書を見返す等している。何が解らないのだろう。
丁寧に見てみる。計算が出来ないわけでもないようだが……。

……。代入が解らないみたいだ。何も考えず、
そのまま数字をぶち込め、と指導。

この間、もう一人の生徒は……。

……。後からやって来た生徒に先生である己れを
奪われたように感じられるためか、見るからにテンションが低い。
しかも、今回、テストで出した英文の暗記の正答率が悪かった。
出題方法を間違えたか……。

此処は思案の為所だ。次は……。一先ず、数学に関しては
前任者の続き、等と言う事は考えず、最初から教えていく事にして……。
英語も……。

授業がやや延びてしまったが、何とか乗り切った。

生徒が帰って行く。

研修の先生から、振込先は、と問われる。
己れは地方銀行の口座を開設し、その通帳を持って来ていた。
それを渡すと、コピーを取らせて下さい、との事。
手書きだと、写し間違いが有り得るからだろう。

それと、帰り際、何故かジュースを大量に貰う。
初任給の祝いだろうか。

帰宅。

家に帰ってから、仕事はどうだったかを家族に問われる。
具体的に言え、と言われるが……。言うべきではあるまい。
……と書きつつも此処に書いているが、これは飽く迄も、
己れの創作である事を付記しておきたい。


給料が振り込まれたようなので、見てみる。
端数がかなり出ている。研修分の代金なのだろうか。
謎が多い。これは何コマ分の代金なのだろうか……。

振込先は、ゆうちょ銀行。郵便局だ。立ち寄ったその序に、
市役所の履歴書も郵送する事にした。

最初に、返信用の葉書を購入。これは受験費用のようなものである。
一次試験に関する情報や、受験番号等が記入されて、返って来る。

「葉書は、かもめ~るでもいいですか?」
「え?」
「直ぐ送られますか?」

……。何だそれは。
直ぐ送るからそれで良い、と答える。

渡された葉書を見て理解した。暑中見舞い用の葉書だ。

……。面白いからこれでいいか。

書類を簡易書留で送り、郵便局を出る。


後日。又、学習塾へ。

英文の暗記を課題として出していたので、
それのチェック。全部、覚えていた。
全力で褒めるつもりだったのに、疲労もあって上手く行かなかった。
己れ自身、そうされた経験がないから、他の人に、出来ない。
与えられていないから、与えられない。

だが……やらなければならない。次は……次こそは。


授業終了。今度は、英語の動詞、不規則変化を覚えてくるように
課題を出した。……。今のところ、復習になっているようだが、
これで良いのだろうか。

その後、研修の先生から、給与明細と御土産を貰う。
給与明細を見てみるが、何がどういう事なのかさっぱり解らなかった。


又別の日。出勤する。
今現在、3人の生徒を見ているが、今週だけ、もう1人
多く教えて欲しい、と言われる。振替で変わったようである。
こうやって1日だけバトンタッチされる、というのは逆に難しい。

教育実習を思い起こさせる。ほんの数時間、授業を
いつもの先生から、経験のない学生が授業をする。
当時は、大した授業をしていない、本当に大学生として立派に
学業に勉めたのか、疑問であったが……。
それは致し方ない事であったのだろう。

そうであっても、己れはそうであるわけにはいかない。
たった1人、増えただけだ。授業一コマで教えるべき事は……。


今回見るのは2人の生徒。1人は英語、もう1人は数学。
2人を同時に見るのは難しい。片方に問題を出して解かせ、
その間にもう片方の解答をチェックし、教える。

こういう形に持って行ければ、理想だったのだが……。

数学を教えている生徒は、現在図形等を解いている。
それだけでは飽きるだろうし、計算力も上げたかったので、
正負の数、分数の掛け算・割り算のプリントを渡して解かせる。
10分、長くても20分で処理できるだろうと予想していたが、
見通しは甘かった。甘過ぎた。全く解けていなかった。

一体、此れまでの先生は何を教えていたのだろう?
学校の数学の先生は?

このぐらい数学の先生が教えるべき内容だ、と己れは愚痴りながら、
解説していく。もしかしたら解けないかも、と
思っていたが、その通りに……精々、2、3問ぐらい
出来ないのがあっても仕方ないとは考えていたが、ほぼ全問、解けないとは……。

だが、こういう基礎的な計算の部分で止まってしまうと、
後々苦戦する。数学嫌いに拍車が掛かる。
今、学校の授業に沿って進めている図形の問題を無視してでも
徹底的に身に付けさせるのが良いだろう。或る意味、
指導のし甲斐があるか……。これは次回の授業に回して、
丁寧に解き方を教えて行くとして……。


もう1人の生徒を放置してしまった。机に突っ伏している。
どうやら疲れているようだ。話を聞くと、微妙に表情が明るくなる。
オープンスクールに行っていた、と言った。
……。将来の夢がある、みたいだ。そういう進路に関する話も
少ししてみたが、今一つ上手く説明出来なかった。
これも次の授業には予習しておこう。
自分の進路すら未定の己れが、他人の進路相談に乗る、というのも
笑い種であろうか、と自嘲する。

そういうわけで、今日の授業は終了。
2人を同時に見るのは難しい。科目が違うので、混乱する。
己れは複数の事を進行させるのが不得意である。
形は見えてきたので、後はそれを実行に移すだけ。
それと、己れの人生の教訓を伝える事が出来たら、良い。


次。感覚的にほぼ毎日、勉強を教えているような気分だ。
日に日に、予習に掛かる時間が増加している。……。

新たにもう1人指導してほしいと言われる。
他の先生との兼ね合いで、今回1回限りなのだそうだが。

こういう一時的な交代は難しい。
普段、どういう授業をしているのか解らないからだ。

その生徒にも、英語を教える。
学力が低いのか、かなり見易い教材を使っている。
しかも、拡大鏡使わせるように、と指導のメモが……。
数学で使うのだろう、と想像していたのだが、英語でも使用するみたいだ。

矢鱈と、ノートに細かにメモを取っている。次々に問題を解きたいから、
調子が狂う。……細かに、カラフルに、彩り豊かに、真剣に書いている……。
これは、失敗のパターンである。

色分けが目的になっている。これでは勉強は身に付かない。
記憶するためには、覚える、と思って挑まなければならない。

しかし、それを止めるのは無理である。何故なら、
己れは今日限りで、この生徒の指導を終えなければならないからだ。

この間、もう一人の生徒を放置してしまっている。
後から振り返ると、かなりの時間、見てやれなかった印象だ。
普段付きっきりという事を差し引いても、酷かった。

どうしても、一日だけ、となると、そこの力が入ってしまう。
何か与えたい気持ちが、先走った。

……。それにしても、どの生徒も矢鱈と指をバキバキ鳴らす。
ストレスが溜まっているのだろうか。学校で流行っているのかもしれない。

これで、授業は終了。家に帰り乍ら、
次はどう教えようか、と考える。己れの日常が、
この労働に侵食されてきた……。

で、又、後日、次の授業。
予習をしているせいか、ほぼ毎日誰かを
教えているような錯覚に陥る。
今日はどうも、腹痛が……。実家の食事を食べると、
月1回以上のペースで、この現象に陥る。
一人暮らしをしている時にこうなった事はないので、
間違いなく、食べた物が良くなかった。雑菌が繁殖して
痛みが出ているのだと解る。食中毒、というレベルで重くはないのだが……。
ピロリ菌が胃に潜んでいる可能性も……。

今回は英語と数学を教える。

数学に関しては、前回と同じ。
非常にスローペースではあるが、多少、
理解を進める事が出来た。

数学というのは、出来ない人と出来る人の差が激しく、
そこそこ出来る、という中間層が少ない。
基本、塾に来るのは出来ない人。基本的な部分を
教えなければならない、という事を身につまされる。
それにしてもまさか代入で躓くとは……。


英語も、無難に進んでいる。中学英語だと、
「現在完了」までしか教えないみたいだ。

説明の際、時々、それを「過去完了」と言い間違えてしまう。
高校になると「過去完了の方が多く言われるせいで、
印象に残っているのだろうか。
現在完了の考え方の説明も行い、良い仕上がりになったと思う。
ここに来て漸く、慣れて来たという所か……。
もう教え始めてから数カ月が経過して、何十回と授業をして、やっと、だ。

課題として、長文を解くように言い渡した。
此れまでは簡単な問題ばかり解かせていたので、
実力を見ようと判断したのである。……夏休みの間に
出しておけばよかったと若干後悔。

これの出来によって、今後の勉強の方針も考えていこう。

授業後、研修の先生が進度について訊いてくる。
ボチボチ、というところだと説明。

計算問題をさせたいなら、此方にプリントがあるので
それをさせて下さい、と言われた。

先に言って欲しかった。……ではなく、先にこっちが訊くべきだったな。

帰宅。……他の先生が何故か風邪を引いていたな、と振り返る。
己れにうつされていなければ良いが……。


又、塾へ。

英語を教える。いつも、インプット。
教える作業ばかりなので、アウトプット。自分の力で
何かさせる、という事をしたい。例えば、英作文を書かせる、等だ。
だが、英作文を書いてもらったところで、それが
文法的に正しいのかどうなのかを判断する程の能力がない。
生徒に高い学力を備えさせたいなら、教える側も、
相当の知識が必要になる。

思い返してみれば、英作文を書く、書かせる、という授業は
一切なかった。……いや、一度だけあった。あの時は、
ALT――ネイティブの先生が添削した。……。面倒なだけで
実施してない可能性もあるが、多くの英語の先生が、
相応の英語力を有していないのではないか……等と考える。

更に塾へ。

今回は雨に降られた。家を出た時には、
降っていなかったのに。

普段通り、準備をする。
生徒が来る。
最初に、雑談から入る。四季の区切りに関する話をする。
昔は、1月から春で――1月から3月が春、4月から6月が夏、
7月から9月が秋、10月から12月が冬、という説明をした。
これは旧暦、月区切りの区分で……今と違う暦を使っていた、という
話に入った辺りで段々と気持ち悪くなってきた。まだ喋りたい話が
沢山あったのにな……。緊張すると吐き気が襲ってくる。
この持病の影響は……計り知れない。


己れは、生徒に課題を出していたのだが、
既に何か月か前にしていたものらしい。
問題集に直接書き込みがされている。だとしたら、
ノートにこれを書かせて、解かせた意味がなかったな……。
「……じゃぁ、解説は飛ばそうか。」と言うと、
「せっかく答え隠してやってきたのに。」と返された。
「すみません。」
悪手だった。
「一応、解説はしておきましょうか。」
「もういいよ……。」
どんどんと悪い方へ嵌り込んでいた。

此方も予習はしていたので、解説をせざるを得ない。
改めて説明すると、理解に不十分な面も目立つ。


受け継ぎの時に誰も説明してくれなかったから、
こうなってしまったのだと、人のせいにする。
だが、実際には己れより前に教えていた前任者に訊くなり、
生徒に訊くなりしていれば防げたミスである。

その上、フォローが下手である。悪い見本としてなら、
良いサンプルだろう。

だが、態々、指示通り課題をしていた事には感心させられる。
どうも、モチベーションが非常に高いようである。

そうやっていると、塾長が入って来た。
「お疲れっす。」
と声を掛けて来た。

現在完了形を教える。中学校では、過去完了形までは教えないのだな……。

次に、不定詞に入る。改めて見ると、難しい。
主語の後に、動詞が来る、というパターンに見慣れているせいか、
後ろの方に動詞が来る、不定詞の形に違和感がある。

どうやって説明すれば良いだろうか。
……。英語は、後ろから訳す、という話をすると、
何度か頷いていた。そのぐらい知っている、という事なのか、
知らなかった感心した、という意味なのか。
後者であれば……。学校は何をしているのか、という話である。

学校では、生徒と長い間、一緒に居るが、
個別に接する事は出来ない。

逆に塾では、生徒とは短い時間しか一緒に居ないが、
個別には接する事が可能である。

一体、学校でどんな授業を受けているのか。
解らないから、教え難い。


いつの間にか、時間が経過している。
無駄話をし過ぎたか、早く感じた。
最後に、「質問は?」と訊く。
首を振ると、
「教育も、タダじゃないですからね。どんどん、質問をして下さい。
塾の先生にも、学校の先生にも、です。」
何となく、口を付いて出た言葉。
教育もタダではない。この年齢の子にそんな事を言っても
理解出来ないかもしれないが、面白いから今後も授業終わり毎回、
言うとしよう。

学校の先生……。英作文を書いて来て、それをその学校の先生に添削を
任せても良いかもしれない。生徒が自習として一生懸命書いて来たのに、
それを見ない、無碍に断るとは考え難い。

授業が終わった。
何とも言えない。今一つだ、と思う。

塾、という名前の縛りが無ければ、自由にもっと面白く出来るのではないか……。
それと、教材。これを貰っていないから、場当たり的にしか宿題が出せない。
宿題は、無駄なく、確実に、勉強になる部分を出すべきなのだが、難しい。

丁度、モチベーションを上げてくれているし、
テストを実施してどれだけ勉強が身に付いたか、確認したいところだが……。


辞めたいと言う気持ちが込み上げてくる。
毎回、変化する。指導内容に関しては言及がない。
自由にやれる点では良いものの、辛い点でもある。

しかし、この現状でもあっても、他の先生や学校の先生と比べても
遜色ないぐらいの授業のクオリティは維持できていると感じている。
……だからこそ、辞められないのだ。己れが辞めたら、誰がするのか。

次。殆ど毎日、授業をしている気分だ。予習に時間を
費やしているからだろうか。

塾へと行くと、研修の先生から、英語――学校の授業についても
指導して欲しいと言われた。唐突である。
どうやら、中間テストが近付いているから、らしい。
前回のテストの成績が芳しくなかった事から、
それの克服に力を入れる必要があるみたいだ。
授業はしっかり行っているが、結果に結び付いていない。
このままでは、退会されてしまう可能性も……。

だからこそ、教科書を使え、という事なのだろうが、
いきなり言われても出来る訳もなく……。
けれども、やるしかない。拙いながらに、教えた。

今回は長文の読み方を指導するつもりだったのに、
計画が狂ってしまった。


もう一人の生徒には、数学を教える。
別の科目を交互に教えるのは、かなりの負担である。
課題をしていなかった事から、已む無く、居残りさせて、
指導した(課題をしていない場合はそうして、と言われた)。
……。先週教えたのに、出来るようになってない。
忘れている。初歩的な部分で躓いていた。

初期化されている。でも、この現象、思い返せば己れも偶にあるな……。
教えられた筈なのに完全に忘れている、という……。


そういう訳で、労働時間が長くなる。
しかも、指導の仕方についても説明がされたので、
いつもよりも1時間程、長く教室に居た。
時間が過ぎるのが異様に遅く感じられた。


次。行くと、唐突にもう一人の生徒と入れ替わりで、
別の生徒を教えて欲しいと言われる。授業内容に関しては、
前任者のメモがある。それに沿ってやれば良い、というような
調子だ。……。だが、問題集をするように、と言われても、
その問題集がどれなのかが解らない。

そういう状態だったので、慌てて予習をしていると、
普段、教えている生徒がやって来た。
「先生。」
……ってどの先生だろう。後ろを振り返るが誰も居ない。……己れか。
宿題をしてくるのを忘れたと言われた。メモをし忘れて、何処を
やるのかが分からなかったそうである。

これは、返って幸いだった。今回、課題に出していたところは難し過ぎると、
他の先生からクレームを受けていたからである。……。
でも、この生徒の実力ならば、順当に解けるとは思うのだが……。

色々と予定が狂った。

新たにやって来た男子生徒に、自己紹介。
メモの通り、英語の授業を進める。全然、予習をしていなかったので
不意な質問に答えられるか自信がなかったが……。
何とかなって良かった。が、一つ、間違いを教えてしまった。
「under」の対義語である。「upper」と教えてしまった。
「over」が正しい。冷静に考えれば分かるのだが、緊張と
焦りから、間違えてしまった。
こういうミスをしてはいけないから、責任が重い。
故に、予習が欠かせないのだ。

単語のテストをする。これも指示通り。
答え合わせをする。「カメ……turtle」、「バイオリン……violin」。
……。こんな単語、書ける必要があるか?
バイオリンはまだしも、カメは書く機会、先ず無いと思う。

テストの次は、学校の授業の進度について訊ねる。
己れが敬語で話すからか、彼方も敬語で答えてくれる。


一方で、もう一人の生徒――女子生徒は、タメ口である。
さっきも「また復習?」と言われたばかりである。
――それなら、学校の進度に合わせますが、今、何処をされてますか、
と問うと、何処をやってるか分からない、との返事だった。
先日、学校で行われたテストの結果が芳しくなかったため、
焦っているのだろう。

これに関しては研修の先生から、ペースで進めて
問題ない、と言われていたので、大丈夫だろうとは感じていた。
丁度、今やっている部分が学校の勉強と重なっている、と。

しかし、態々、生徒の方に耳を傾けるように思わせておいて、
結局するのはいつも通り、というのは生徒側からすれば
面白くなかっただろう。このままで良い、と自信を持って伝えるべきだったか。


話が逸れてしまったが、この例に、男子生徒と女子生徒で
大きな反応の差がある。

日本社会に於いて、男性は、社会に出て、上下関係のある中で敬語を用いて
生きなければならないが、女性は、今でこそ社会進出が謳われるが、
専業主婦という世界に押し込められてきた時期が長い。

社会的な差をこの年齢で既に、意識しているとするならば、
根深いものであると言わざるを得ない。

授業は終了。もっと上手く、印象に残る授業を行っていきたいが、
理想を達成するのは難しい。思い返すと、そういう授業をしていた
先生に共通するものがある。それは、重要ポイントで声を張り上げる、
甲高い声を出す、という事。それによって、平坦な授業に変化を付けているのだ。

……しかし、この狭い教室で声を張り上げると、
他の先生に迷惑が掛かりそうなので、現在、躊躇しているところである。

初対面の生徒と、顔馴染みの生徒……。
存外、初対面の方が得意かもしれない。
理由は、2点。話す内容が前回と同じ、という事がないから、それと、
ボロを出す前に終われるから。


深く立ち入る事の、難しさ。

給与が振り込まれているようなので、見てみる。
……少な過ぎる。バイト代を見て少ないと思ったのは初の事である。

時間を考えれば妥当な金額だが、どうして、そう感じたのだろうか。


そんな感情を抱きつつも、今日も行く。
教室内では、生徒の一人が先生にこってり油を絞られていた。
その生徒は、己れが現在、指導している生徒の一人である……。

子供に将来の事云々、と言っても、馬の耳に念仏だろう。


予習をしつつ、生徒が来るのを待つ。
来た。今回は、英語と数学を教える。

数学を教えるのは難しい。生徒のレべルに適した教材がないのだ。
あったとしても、問題数が少ない。反復練習にならない。
成程、だから生徒の成績が伸びないのか、と合点できる状態となっている。
だから、自分で問題を作らなければならない。
そのせいで、予習の時間が相当長くなってしまう。
……。給与が少ないと感じるのも、自然か。

しかしこの生徒、教えた事が身に付いていないな、と思ったら、
今この塾でやっている内容は予習になっているらしい。
道理で……。引き継ぎの時に教えてくれれば、
1から、もっと細かく教えたのに……。

英語も、伸び悩む。或る程度のレベルになったら、
後は勝手に伸びるのだろうが、そこまで連れて行く事が出来るかが、
勝負の分かれ目だ。そういう事を念頭に置きつつ、
丁寧に教えていると、授業終わり10分前に、研修の先生に、
もう一つ先の単元も教えて、と言われる。残りの10分で……?

予定の変更に苛立ちつつも、最初の部分だけ
説明をした。


授業終了。今回は終わるのが早かった……。
次の授業の予習の準備をしていると、又、研修の先生から
何処の範囲を教えるべきか、という話をされる。
それと、説明し過ぎだから、もっと生徒に考えさせて、という
アドバイスを貰った。自分で考えられるだけの力が付いていれば
それがベストだろうが……。

試験に合わせて、指導内容を全て説明できるか。
済ませられるか、怪しくなってきたな……。

次。行くと、塾長が居た。
「お疲れっす。」といつも通りの雰囲気。
「お疲れ様です。」
「どしたん?マスクなんかして。」
「風邪の予防として。」
「そうなん。いい心掛けじゃね。」
と、会話。給与明細を渡される。家に帰って確認するとしよう。

授業の準備を進める。
しかし、今回も又、予想外の内容が入れられている。
このプリントをやってくれ、と渡されたのである。
答えは……?何処にもない。

基本的な英語の文章。疑問文、否定文の書き方を
答えさせる問題だ。己れが、間違えていないという自信はあるが、
それを人に教えるとなると、100%でなければ、駄目である。

「Do we~?」の形で合っているか。
「doesn't」の後は一般動詞の原形だったか。

そうだった、と思うのだが、記憶があやふやである。

はっきり言って、させたくなかった。問題の選定が酷いのだ。

「I am busy.」を疑問文にして、それに「No」で答える、という
問題があった。

そのままで受け取れば、「Am I busy?」となり、
「No, I'm not.」となるだろう。「私は忙しいか?――いや、忙しくない。」
これでは自問自答である。滑稽な問題である。

意図するところは恐らく、「I」を「you」にして、
「Are you busy?」とするのだろう。
そんな事まで読み取れるか。

それでも、させる他なかった。

通常の動詞で使っている「have」の否定形に「haven't」を
使っている――現在完了と混同している等のミスも見受けられた。
又、初歩的な文法からやり直しだ。


プリントを終え、教科書の内容を進める。
それは、己れの知っているものと、大きく異なっていた。

災害に関する話や、外国人に日本文化を紹介する、と言った、
時代に合わせたものに変化していたのだ。

教科書を作った人の意図がある、という事を
生徒にも説明したが、そんな事よりもさっさと英語を教えろ、という
表情をしていた。

「necessary」が出てくる。
生徒が、唐突に意味は?と訊いてきた。
必要な、という意味の形容詞だと答える同時に
「need」という単語は知っているか、と問うと、
関係あるん?と言われる。

必要とする、という意味の動詞、「need」が変化した形が「necessary」だ、と
何処かで聞いた事があったので、それをそのまま伝えたのだが、
改めて調べてみた所、そういう情報は一切ヒットしなかった。

単に意味内容が似ているだけらしい。又、間違いを教えてしまった……。

現在完了……。高校の知識で、過去完了、という言い回しをしてしまう。
それと、国語も、現代文、と言ってしまう。

時間が余った。何の話をしよう。
……。
高校に進学したら、部活動をするか、と問う。
頷く。部活動に入って、クラス以外の、居場所を確保する。
それと、上級生が居るので、彼ら、かの女らがどう
過ごすか、というのも見られる。将来の自分と重ね合わせて、
観察して欲しい。同級生という横の繋がりだけでなく、
縦の繋がりも重視する。人間関係を、大切に、という話をした。

しかし、そんな話をしても興味が無いようである。
己れの話し方は耳を惹かないのだろう。

それは、具体的な内容でないからだと思う。
もっと、立体的に、形にして……。身近に感じられるような話し方が出来るように、
工夫していかなければなるまい。

授業後、次の授業に向けての予習の準備を行う。
予習は、手間である。その時間を考えると、時給は
究極に低い。現役で勉強が必要な高校生が教えれば
良いのに、と偶に思ってしまう。
そのように……自分の勉強の為、或いは、よっぽど勉強が好きでなければ
勤まらないな……。

次。

研修の先生から、もっと課題を多く出しなさい、と言われる。
その通りだが、課題を多く出すと、答え合わせに手間が掛かる。
1対1であれば、そのやり方の方が(予習がし易いから)楽に
違いないが……。

「英語の分析をさせなさい。」と言われるが、分析って何なのだろう。

それと、来週には生徒が修学旅行に行くらしいので、
己れの出番が1つ減るみたいだ。代わりに、別の時間に
出て貰うかも、という話だった。


生徒が来た。緊張で気持ちが悪くなる。

数学と英語を教える。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりで
とても忙しかった。

思い返せば、2人の生徒を同時に、新しい単元に
入れてしまったのが良くなかった。

片方は、復習を重点的に、もう片方は
新しい分野を、というふうにやらなければいけなかった。
此方で授業の進度は変えられるのだから、
自分なりに調節しなければ……。

数学……己れ自身、不得意な科目である。
故に、教えるのは、ほぼ不可能である。説明はするが、
自分でも途中から、何を言っているのか解らなくなる。
英語か数学、何方かに的を絞れれば、もっと力を注げるが……。
しかも、何故か引き継いだ時点で学校の授業よりも先の部分を
させていたので、先に進もうとするならば、必ず、1から教えなければならない。
手間である。何を考えて、こんな教え方をしているのか……。
計算力が足りず、数学が得意ではない生徒なのに、無茶である。
計算するスピードを上げるために、四則計算をしっかりと
練習させたいのだが、そのようなプリントが何処にもないので、
どうしようか、苦慮しているところである。

英語。教科書を進める。災害に関する話だ。

「a safe place」がどんな場所だろうか、という話をする。
「safe」という単語が出てくるのは、此処が初めてのようだ。
どういう意味か、推測させてみる。

在る、一人の生徒は「安全な場所」と英単語の意味と符合する予測を立てた。

しかし、この生徒はそうでなかった。「地震」という単語が直前に出ている事から、
「(障害物が落ちて来ても大丈夫なように机の下等の)隠れられる場所」と答えた。

「安全な場所」というのは訳として正解であるが、抽象的である。
その生徒は、単語の意味を知っていた訳ではなく、飽く迄、
こういう意味だろう、と推量して、言っただけだ。

一方で「隠れられる場所」というのは、具体的だ。
同様に、「safe」の意味は知らなかった。

思考パターンとして、何方が有意義であるか、と考えた時、
この2つの解答は、優劣が付けられるとは思えないのである。

それどころか、安全な、という漠然とした表現よりも、自らを守るために、
隠れられる、と、より実践的な発想をした方が、優れているようにも見えるのだ。


誤答は無限大であるが、正解の数は限られている。
それを考慮すると、前後の文脈から正しく推測する事は
殆ど、無理と断言しても、差し支えないだろう。

下手な予測は、おかしな読み方に繋がってしまう恐れもある。
それならば、その単語はスルーしてしまうのも、一つの手に思える。
けれども、必ず出てくる知らない単語。それをどう対処するか……。
己れ自身も、答えが見つけられなかった。

授業が終わった。課題は多目に出した。それでも、
未だ少ないと研修の先生には言われた。
それと、中間テストが近いらしいので、それに合わせた課題も出した。
と、言っても範囲が分からないので、的確な指示となったか不明だが……。

生徒の手元の文字を読もうとするからか、目が疲れた……。


次。
日を置いて間もないが、先日、数学を教えた生徒を
今回も又、教えなければならなくなった。
塾側とすれば、経費節約……人件費を少なくするためだ。
だが、己れは全然数学を教える準備をしてきていなかった。
そんな話を知らなかったからである。しかも、授業をどう進めるか
記載しておいたノートまで忘れてしまっていた。

けれども、或る程度、授業内容(英語のみだが)に関しては
言及があったので、何とか組み立てられそうである。

その中で、気になったのが、宿題の量が多い。
中間テストが近いからだ。

これまで己れはあまり多くしてこなかった。
甘過ぎるのかもしれないが、暗記等、確実に
覚えて欲しいものを重点的に出していたため、
敢えて、少なくしていたのだ。

それを急激に増やすとなれば、どうなるか。

しかも、教科書の……ページから……ページまでの単語を暗記させろ、
という漠然とした指示がある。覚えさせたからには、
テストをしなければ、生徒のモチベーションにも関わってくる。

正直、この生徒の学力を鑑みれば、志望校への合格は確実である。
だから、そんなに無理をする必要はないとは思うのだが……。


それこそが一つのポイントだろう。

志望校への合格のための力と中間テストで点数を稼ぐための力は異なる。
更に、英語に関して言えば、英語話者とコミュニケーションを取る力、
ビジネスで必要な英語力、というのも、微妙に、向きが異なる。

家庭が求める学力と、学校が求める学力と、試験合格のための学力と
その生徒が必要としている学力。足並みが不揃いなのだ。

己れは中間テストなんてどうでもいいという感覚である。
そう言って除けられる程度の内容だからだ……等と言ってられないのが、
塾としての立場である。


仕方がない。モチベーションを保ってもらうための策として、
高校で使う教材を見せた。その生徒は中学生……高校でも
習う英語のレベルは左程、変わらない、という話をした。

己れ自身も、その頃に、この事を知りたかった。
何故なら、高校に進学してがっかりした事の一つだからだ。
高校に進学したのに内容が中学レベルだ、と感じたのは、
今でも覚えている(ひょっとしたら此処に書き記しているかもしれない)。

生徒は文句を言い乍らも、やって来るつもりで
片付けを始めた。もう授業は終わりである。

もう一人、数学を教えなければ……。

幸い、数学に関しては復習メインとなったので、
予習は不要だった。今までは予習となっていたみたいだが、
学校の授業が追い付いてきたので、呑み込みが早い。
比較的易しい教材(だが、問題数が少な過ぎる。数が少ない、というのは
難易度を低めているわけではないというのに。数学は数をこなさなければ
身に付かない。)が塾内にあるのを発見。それを使用。……順調である。
丁度良い感じである。今後も、週2回のペースで来て欲しいぐらいである。

英語にしても、数学にしても、着実に伸びている。手応えを得ている。

だが、教えれば教える程、果てが無いように感じる。
勉強には終わりがない。人の一生は、知識の吸収に
割かれる、というが、本当にその通りである。

……。英語を教えていた生徒が帰った後に思い出す。
前回、学校で受けたテストを持って来ていたらしいのだが、
それの回収を忘れてしまっていた。

さっきまで頭の中にあったのに、数学を教えなければ、という方向に
全て持って行かれてしまっていた。
1対1だったら覚えていたと思うのだが……。
ちゃんと持って来て貰っていたのに、酷い事をしてしまった。

帰宅する。

帰っていると、バイクの爆音が響く。
暴走族だろうか。その音が、どんどんと近付いてくる。
バイクが1台。乗っているのは、スーツを着た中年男性。

現在時刻は23時。いつもこの時間帯にこの音が聞こえるので、
不思議に思っていたが、そういう訳か……。
夜遅くまで働いていたのだろう。
これが、細やかなストレス発散となっているに、違いない。


又、授業。
行くのが億劫である。働きたくないという感覚。
数時間程度の労働だと言うのに……。

社会人になれば、一日8時間以上働くのが一般的である。
でも、思い返してみれば、小中高――体力のない生徒は
沢山居た。朝から夕方までの授業でも、居眠りしている者ばかり。
本当に、8時間以上の労働に適応出来る人ばかりなのか。

そうでないから、アルバイトで生計を立てる者が
存在しているのだろう。

テストに備えて、生徒の課題をチェックする。
説明をする。……。読み間違えていた。授業中に
間違いに気付けたならば良し。逆に生徒の印象に残るからだ。

先生、と呼ばれる立場の人は、基本、間違いが許されない。
そういう事を念頭に置いて、引き続き教える。

……。量が多い。それを見直すだけで時間が過ぎてしまった。

課題を言い渡す。
己れは家で殆ど勉強をして来なかったから、
そんなに多く課題を出す気になれないものの、
他の先生からはもっと多く出すように言われている。
それなので、課題を多く出す先生は、家で真面目に勉強に
取り組んでいた人なのだろう、と少し思った。

又、理由は己れの勉強への取り組む姿勢以外にもある。
学校の勉強以外の事をして欲しいという思いである。

自分が打ち込めるもの、熱中できるものを、探して欲しい。
それから、将来の事もじっくりと考えて欲しいと思うのである。

それを生徒が察知出来るかどうかは、分からないが。


己れは生徒から、何歳ぐらいに見られているのだろう……。
そんな事を考えつつ、帰宅。


次。2人の生徒を教える。
もう一人の生徒は良いのだが、もう片方の生徒は
一回、別の先生が指導に入っている。
色々と宿題を出されているのだが、
己れはそれの予習が出来ていない。

そのせいで、大変な目に遭った。

生徒が可哀想だが、己れにはどうしようも出来なかった……。

己れでさえ解らない部分が多かった。
しょうがないので、生徒に調べさせた。……その時間が勿体無い。
自学自習を促すというのが塾のコンセプトなので、
生徒に調べさせるのは有益なのかもしれないが……。

宿題の丸付けと見直しだけで時間が過ぎてしまった。


次。

寒くなってきた。長袖のポロシャツ一枚では寒い。
カーディガンを羽織って行く。

教室に入ると、その姿を見た研修の先生が、
寒くなってきましたね、と声を掛けて来た。

予習の準備を進め、授業を始める。

……。
前回は生徒のやる気を感じたのだが、今回は、全くである。

……。己れ自身も、そのやる気の無さに引っ張られる。
するべきは、逆だ。やる気がないのなら、引き出さなければならない。
それが、教える側の責任である。

これまで己れが受けて来たどんな塾の授業の先生よりも
いい指導をしているつもりではあるが、未だ、足りない。
一番大きいのは、学校のカリキュラムを知らない事。
場当たり的なのが否めない。

何も言わない生徒。

己れは、嘗て、ネイティブの先生――ALTが来た時の
英語の授業を思い出した。

Don't be shy.

と、何度も言う、その姿を。

恥ずかしがらずに、積極的に発言を、という趣旨の言葉である。


教える側にも責任があるが、教えられる側。
授業を受ける人間にも責任がある。
そういう意味だったのではないかと改めて、思ったのである。


誰かが答えてくれる。
時間が何とかしてくれる。授業が終わってしまえば関係がない。
放っておけば、勝手に先生が先に行く。

教室という、無責任な空間。それが社会にそのまま巣食っているのだ。
授業は一人で作れるものではないと、痛感させられた。

通常、先生生徒間で起こり得るやり取りがないから、取り立てて
「コミュニケーション能力」が謳われるのではないか、とも考えた。


授業が終わる。テスト前なので、課題を沢山出す。
ただ、此方では見ないので、しなくても問題ない、とも言っておく。
したか、してないかは、結果が教えてくれる、と言った。
もし、己れが生徒の立場でそう言われた確実にしないな、と思い乍ら。

研修の先生が来て、人称、分析を生徒にさせてくれ、と言われる。
分析って何だろうか。

よく解らないが、理論的に考える、文法的に、という事だろう。
それは先生になっているから。一通り理解したからこそ
改めて重要だ、と思うだけであって、生徒からすればそうではない。
英語に慣れる方が大事だ。言語について
文法的に考えているから人は言葉を喋れるわけでも、
書けるわけでも読めるわけでもない。理論先行は失敗する。
……と思い乍らも、一応、そういうふうに生徒には指示をするのであった。


そうして、何度か授業を行う日々が続くが、
教えた感がない。距離を取られている……。

体臭が酷いのかな。今日は確かに、朝、活動していたので
汗臭いかもしれない。着替えては来たのだが、己れも距離を取っておくか。

そういうわけで、授業終了。

終了後、その様子を見ていた塾長が、己れに色々と話をしてきた。
淡々とやるのは良いが、予習し過ぎていてレールに乗せる事ばかり
考えていて、融通が利かない。もっと、授業中の雰囲気を読み取って、
フレキシブルにして欲しい。との事。
会話を大事に、とも言われた。そうすれば信頼も上がって
どんどんと課題を出せる、と。

会話と言われても、中学生と合うような話なんてあるまい。
部活動は、と訊いて、例えば、吹奏楽部、と言われても、
話を上手く広げられる自信がない。

授業の時間を潰してまでするような事では……。
居残りもさせたくない。夜遅いし、この辺りは
治安が悪いので、危ないからだ。

……いや、そこか。その時間含めて、授業なのだ。

授業中に、話をする、か。つい、哲学的な話をしてしまいそうだ。
己れのトークは基本、突き放してから、本題に入るから
かなり人を選ぶ。とすると……。

将来。それについて語るべきか。己れが何をしてきたか。
後輩達に、伝える。学生生活の話をしたら、
多少は面白く思ってくれるだろうか。

それと、まさか、予習し過ぎと言われるとは。
此れまで勉強してこなかった己れが……。
相手の反応を見て柔軟に……か。己れには、ないものだな……。


次。普段、2人の生徒を見ているのだが、今回は1人の生徒だけを
任された。研修の先生の心遣いである。
余裕があるから、他の先生の教え方を見て、参考にして欲しい、との言である。

実際、ここ数回の授業は調子が悪い。
何かを引き摺っていた。

本当に勉強を教える事が正しいのか。
教え方で良いのか。勉強は深い、底なし沼だ。
何処まで教えるべきなのか。本当に、生徒の身に……為に、なっているのか。
どう生きるのが善い生き方なのか。

勉強が不得意でも、社会で生きている人間は沢山居る。

ハイレベルな大学を出ても不幸な人はいる。
学校によって、人生は左右されないのではないか。

その果てに何が在るのか。

己れにも、解らなかった。
立ち止まっている。己れは、生まれた時から、
ずっと止まったままだ。

一人の生徒を教える。……。

不調である。此れまで、複数の生徒を教えている事もあり、
其々、何処まで教えたかが、混同してしまっている。

他の先生の様子を見る。教える側に立つと、
見えてくるものがある。己れとは、経験値が違う。

知識量も教え方も、全然敵わない。
これまで、良い授業が出来ていた、と考えていたが、
それは思い上がりなのか?

力の差はきっと埋められない。どうやって、自分の中で
落とし込み、最大のパフォーマンスを発揮するのか。

己れが、この状態から脱却するヒントが何処かにあるに違いないが、
それは見つけられなかった。


今回、塾へ行くと研修の先生に呼ばれた。
「受験生を教えるのは荷が重いので代わってもらおうと思います。」との事。
塾で働くのは初だった。そんな新人にいきなり複数人、
受験生を教えるように頼まれていたのだから、
荷が重いのは確かだった。それに、勉強の内容が難しい。己れの頃に比べて、
内容が激変しており、予習しても、し足りない。毎日、何時間も予習しても、
毎回のように、解らない問題が出てくる。此れで良く、受験を乗り切れたものだ、と
自分の事ながら、可笑しいぐらいだ。

妥当な判断と言えるだろう。

ただ、いきなり言われたので困惑はしている。
次の授業分の予習をしていたし、半端なところで終わっているので、
代わるにしても、後を継いだ先生が大変である。
事前に言ってくれれば丁度区切りの良いところで終わらせたのに。

思い当たる節がもう一つある。
今月で研修期間が終了し、時給が少し上がるのだ。
それを見越して、己れの出勤回数を減らそうとしたのでは……?
研修期間中は安く使って、それ以後は人件費を減らす、と……。


それから、研修の先生に塾長から話があると言われた。
遂にクビだろうか。

己れの考えを、充分に教えられないまま、終わった。
……と言ってもそれなりに時間は経ってしまっている。
今まで、何をしていたのか、という所か……。

今日は、二人の生徒を指導して欲しいとの事。
前回に引き続いて、今回も一人だと思って、
雑談のネタも用意していたのだが、出来ない。

一方の生徒を見ると、片方の生徒が怠ける。
会話をしろ、と言われるが、無理である。
雑談にしても何にしても徹底しないと気が済まない性分だ。

急に予定が変わったため、授業内容の変更も強いられた。
同時に新しい単元に入ってしまったのは、失敗だった。

仕方がない。簡単にチェックしよう。

沢山、ミスがあるが、その中で解らなかった点は、と訊ねる。
迷いなく指で示した其の先にあったのは、英文。
「He be a lot of friends.」
「be」?何故、「be」なのだろう。此れは「has」ではないのだろうか。
それに、「He」が主語になるなら、be動詞は「is」が入るのが自然。
そんな話をしてみたが、今一つ、しっくり来ていないようだ。

問題を、見てみる。

「彼は友達がたくさんいる。」

成程。そういう事か。
いる=be、と取ったわけだ。日本語故のミスだ。
確かに「I am in Tokyo.」は「私は東京に居る」等と訳す。
これとそれ、どう違うのか、説明が難しい。
英語の感覚では友達というのは「持っている」ものだから、
「have」を使う、と説明したが、しかし、微妙なところを突いてくる。
一先ず、「have a friend」という形を覚えておけば問題ないし、次、
この問題が出た時にそう書けば良いのだが、それで理解したと言えるのか。

授業が終わった。
次の授業用の予習の準備をしていると、他の先生が直ぐに居なくなった。
塾長だけが残っていた。

一通り、作業を終えると、
「終わった?」と塾長に訊かれる。

代わってもらうっていう話聞いた?と問われる。
研修の先生に、聞きました、と答える。

「どんな?受験生教えて。」と、淡白な質問。
意図するところは……。

進路と、人生を分ける瞬間に当たるので、責任が重い、と答える。

1人ずつなら何とかなるかもしれないが、2人を見るのは不可能である。

他には?と言われるが、答えが浮かばない。
勉強を教えるのでヘトヘトになっていて、考えが纏まらない。

勉強の範囲が把握し切れていないと答える。
何処まで教えるべきなのかが解らないのだ。そのせいで
予習の量が際限なく拡大していた。学習内容の全体も掴めていないので、
場当たり的な指導になっている。

他にも、今教えている他の生徒の様子も問われた。

話さない子なので話をさせろ、との事。
どんどん課題も出してあげて、と言う。

という事は、今後は受験生以外の生徒を見る事にあるのだろうか。
クビではないが、己れが今受け持っていたのは、殆どが受験生相手なので、
戦力外一歩手前という所である。
とは言っても、本当に苦しかった。直ぐにでも
辞めたいぐらいの状態だったので大分楽にはなりそうだ。

「うちのやり方難しいんで。」と塾長に言われたが、
そもそもどんなやり方か全然知らない。

帰ろうとすると、「ネーム先生、毎回タイムカード押し忘れてますよ。」と言われた。

……。あったのか、そんなもの。
何十回と来ていて初めて知る事実である。
「聞いてな……知らなかったです。」
思わず、聞いていないと言い切りそうになった。
聞いてない、と言うと、相手のせいと、完全に押し付けているので、
反感を買うだろう。知らなかった、と言えば、自分の否を認める表現になる。
表すところは同じであるが、言い方というものがある。
それを、意識するようになった。

「来た時でも帰る時でもいいので片方だけでも押して帰って。」との事。
それで良く、給与の支払いの計算が出来ていた物である。
若干、その面で損をしているのかもしれないが、今更言っても仕方がない。

タッチ式らしい。名札を翳すも、反応なし
「音鳴らんなぁ。」
……。
己れは此れまで、色々なものに無視されてきた(クラスメート、自動ドア、人感センサー)が
タッチ式のものにさえ無視されてしまうとは……。

家路を行く。


己れの指導で、成績が伸びているのか、
伸びていないのか。この間の、テストの成績は、難易度の割にまずまずだった。
でも、それは他の先生の指導でも同じだったのでは?

自分の教え方が正しいのか受験に対応出来ているのか。
実際どんな試験が来るのか、解らない。
良いか悪いかは結果だけが教えてくれるが、結果というのは中々付いてこない。

己れの最終地点としては志望校合格なので、そこが達せられれば満足だ。
それと同時に、その先である程度上手く生きていく事。最低限、人との繋がりを
持って欲しいという思いだ。己れの二の舞になって欲しくない。
人脈を大事に、と話した事はあるが、ちゃんと伝えられたか、と問われると
微妙なところか……。

この仕事には、向いていないと感じる
しかも、スランプから抜け出せない。生徒が引くぐらい、忙しなく動いているが、
その分、生徒の身になっているのか。


しかし今更、交代を告げられるとは。
指導の人員に余裕が出来たのか、生徒が辞めて減ったのか。解らない。



今になって、考えが色々と浮かんできた。
一人で考え込む時と人と話す時の思考回路が異なっているのではないか。
人前の自分と、一人の自分。どっちが、本当の自分なのだろう。

一人の時の方が、集中できる。考えも纏めやすい
己れのような人間も居れば、逆のタイプも存在する。
人間の対照性とは、奇妙なものだ。

家に帰ってから、本当に代わるのか、不安になってきた。
行かなくていいのか。直球で告げられなかった事から、己れは困惑させられていた。

あれこれ考えるようになってから、間接的な言い回しが理解出来ない事が増えた。

心配になって、電話をしたが反応はない。
恐らく、そうだと思うが……そうでなかったら怖い。

塾長や研修の先生に、分かった、と返事はしたものの、
あまり分かっていないのであった。


次。今回、教えるのは一人になった。
御蔭で随分楽になった、と言いたいところだが、
教えるのは数学。しかも、証明。

証明は、流れを教えれば何とかなりそうだが、
図形に関しては、微妙に教えるのが難しい。

どうして角度が同じになるのか、理屈が出来ないのだ。
見れば解る、という程度にしか言えない。
其処が苦しい。

比の概念まで入ってくる。中学レべルとは思えない難しさだ。
此処は只管、暗記してもらうしかないか……。

教科書を元に教える。己れが学校に通っていた頃に比べて、
かなり取っつき易くなっている。今の子供に昔の教科書を見せたら、
その差に驚くに違いない。

頭をフル回転させて、教える。

しかし、己れは、集中出来ていない。
己れの集中力はこんなものではない。

思考すらも挟み込まない。そのぐらいが、本領だ。
考えると却って鈍くなる。直感で、選ぶ。話す。
その領域に入れれば……。


数日後。又、塾へ。

行き交う、貨物。様々なショップ。
自分の仕事に、胸を張れる人間は、どれだけ居るのだろう。


準備をする。他の先生が、授業をしているのを見る。
「丸暗記しちゃダメ。」と怒っている。
違う……。逆だ。丸暗記が足りない。
どんな内容を指導しているかは解らないが、
例外的な物が出てきたのだろう。その例外すらも
暗記してしまえば、その問題は解けた筈である。
覚えるのが第一だ。覚えるのは苦痛だろうが、
理解は、後から付いてくる。

今回は塾長も授業を受け持つようだ。

授業中、視線を感じる。
今日教えるのは数学だ。しかも、証明問題。
難しい。己れは、これを出されても解けない。
そんな状態なのに教えるのは、無理がある。が、そんな
弱音を吐いている場合ではないので、仕方がない。


授業後、塾長から「もっと会話したげて。理解してるかしてないか
分かんない状態だから。」と言われた。

どんな会話をすべきなのだろう。
授業中、塾長の指導の様子を見ていたが、そういうふうに
会話をしていたようには……。
特徴的だったのは、「何で間違えたん?」と執拗に訊いていた事だろうか。
その姿勢にも、己れは寧ろ、反対だ。
問い詰め続けると委縮する。その内、解答をする気力も無くなる。
伸びないだろう。それに、世に……自身が間違えた原因を、其処まで深く
考える人間が居るのか?
そんな事を考える間もない。振り返る事無く、前へと進んでいる。

此れまで、会話をするような授業を受けた経験がない。
自身がされた事の無い事を、相手に与えるのは難しい。

会話が出来ないのは、己れの会話の性質のせいだろうか。
話を広げない。寧ろ、収束に向かわせている。
会話の最後を受け持つように意識している。話を広げず、
相手に語らせる。だが、此処では己れが喋る立場。
喋らせる立場ではない。

生徒は会話をしに、此処に来た訳ではない。
授業を、受けに来ている。学びに来ている。

先生という人種とは、相性が悪い。それを、感じる。

会話するか否か、というのは、此方の都合ではないか……。

しかし、一つ思い当たる。
それは、生徒からの質問だ。それが無い。
されても、返せるかどうか自信がない。

授業を成り立たせるので一杯一杯だ。

……。何が正しいのだろう。考える余地もないか。

経験が違う。殆ど、間違いなく、彼方が正しいのだろう。

会話か……。答えが出ぬまま、帰路に付く。


風邪に罹った。調子が悪いが、行くしかない。

咳を極力しないように堪える。
当初は、生徒に沢山喋らせる予定だったのだが、
始まってしまえば、いつもと同じ。

生徒は眠そうにしていた。試験を与えたが、
退屈でつまらないからだろう。起こそうにも、声を張れない。

後半は調子を取り戻していたが、進度としては
一進一退と言う感覚。三歩進んで、二歩下がる。そんな状態である。

難易度は高くない。中学レベルの問題は、暇潰しに良い、と
誰かが言っていたが、大人にしてみれば、適度な難易度である。


そうやっていると、塾長に連れられて、一人の男性――大学生が入って来た。
茶髪であり、何処か浮ついた印象を与える。
「此方がネーム先生です。」
と塾長から紹介された。
「どうも。」
「あ、……です。宜しくお願いします。」
深々と礼をした。
見掛けに寄らず、彼はとても礼儀正しかった。

前の己れと同じように、授業の様子を見に来たようだ。

丸付けを終えた男子生徒に声を掛けている。
英語は文法よりも単語、と力説している。
その通りである。己れだったら、転換点、という言葉を使って
補足するだろう。ある部分を超えると突如、レベルが上がるのだ。
つまり、一定数以上の単語を暗記した瞬間から、
一気に、点数が取れるようになる、という事である。

其処に至るまでが大変なのだが……。

彼は、大学は楽しい、という話もしていた。
その次に、女子生徒にも
「字が綺麗だね、書道習ってた?」
と話し掛けている。

己れよりも、そういうテクニックは上のようである。
こういう人間の方が人生は上手くいくに違いない。

彼のようなタイプの人間は、日頃、何を考えて生きているのだろうか、と
疑問に思っている。どのような思考をしているか。
己れとは違う思考体系を持っているのではないか。

しかし、その答えは誰にも解らない。

己れは、自分の思考を他人に公開するつもりで、此れを残している。
他の人が、それを書いているのを己れは見た事がない。
己れは、知りたい。何を思い、そういう言葉を掛けたのか。
何から学んで、そうしたのか。


授業後。次の授業に備えて予習の準備をする。
咳が止まらない。この一コマの授業時間耐えるのでギリギリだったようだ。

そうやっていると、生徒の様子はどうだったか、
宿題はちゃんとやっていたか、と研修の先生から
不意打ち気味に訊かれた。反射的に、全然、と答えてしまった。
全然、の後に、全然此方の指示が届いていなかった、
と続けるつもりだったのだが、彼方の反応が早かった。
全然やっていないなら、居残りさせなきゃ、と言われてしまった。
どうして残さないの、と。それは生徒の為にならない、と説教された。

数値で答えなければいけなかった。
この辺り、漠然とした会話しか出来ない己れの
繕えない欠点と言えよう。


居残りさせなかったのは理由がある。

己れが風邪だからだ。生徒に移す可能性が高い。
自分の都合だが、続けるメリットが薄いと思うのである。
たった数時間残したぐらいでは、変わらない。
それに、遅くなって帰る時に何かあったら、と考えると
恐ろしいのである。

塾の時間が長ければ、日常生活に干渉する事になる。
過干渉だ。そうなると、子供は指示待ち人間になってしまう。
誰かの顔色を見るようになり、自分の判断で行動を起こせなくなる。

生物には、遺伝子の力がある。
誰に教えられるでもなく、多くの赤ん坊はハイハイをし、
立ち上がり、走れるようになる。

それと同じように、自ら、勉強をするようになる時期が訪れるものである。
努力を自分で設計するようになる。
どうせなら、宿題も生徒自身に決めさせるべきかもしれない。

居残りさせるまで、酷い内容だっただろうか、と思い起こす。

宿題の量は確かに多かった。その分、生徒は手を抜いていた。
やっていない、とは言い切れないような、微妙なラインを突いている。
今後も、その生徒はこのように謀り続けるのだろうか。
教育者としての立場を鑑みると、己れは、悪を育てているのかもしれない。

それと気になったのだが、延長して、残業になったら
残業代が出るのだろうか。授業時間をダラダラと延ばすのは、
日本企業の多くに蔓延する、ブラック企業を支える精神に
なっているようにも思えた。
時間内に終わる方が正しいと己れは考えている。


それと、進度が遅過ぎるとも指摘された。
どういうペースで進めればいいのか、解らない。
全体の分量を把握していない故のミスである。

数日後には定期テストがあるようだが、そこで何とか、
点数を取って欲しいものだ。



次。今回は、数学。証明問題を教える。
己れが、それを教わっていた時分には、
一度も、まともに解けた覚えがないが、改めて
予習をしてみると、存外、解ける。
体系的に呑み込めていける。パターンを、覚えられる。

当時と違う。それは、教えるという立場に在る、
意識の違いからなのか。それとも、成長した(大人になった)からなのか。

であるとすれば、その頃に、此れを軽々と解いていた同級生達は、
今の己れと同程度の思考レベルを有していたという事なのか。
だとすると、その人達は今、どうなっているのだろう。
能力が無限に伸び続けていると考えるべきなのか。


授業後、研修の先生から、どのように教えているかを問われる。
多くの問題を解かせて、慣れさせる、というのが今の方針なので、
それを伝える。

しかし、丸暗記は良くない、パターンが変わったら解けなくなるから、と
言われる。

果たしてそうだろうか?これらの問題を己れは解けるが、それはパターンを
覚えているからだ。思考力によって、体系的に整理している。
適宜、覚えたものを、解答用紙に書いていく。
それを、考えている、と大人達は誤解しているのだ。


それに、考える力は子供と大人とで歴然たる差がある。
この当時からずっと文章を書き続けて来た己れには解る。
子供が何かをしても、それは所詮、誰かの受け売りでしかない。
オリジナルがないのだ(子供であるのにオリジナルが出せる者は、
天才キッズとして広く紹介されるパターンが多い)。
他の人の真似をして、次第に、自己を確立するようになる。
其処まで到達するのに、相当な時間が掛かる。

考えて解く、というのは大人の発想である。

暗記も勉強の一環である。
知識の蓄積が無ければ、何も解けない。
暗記は無駄、と言うのは、それをしたくない言い訳に過ぎない。
学ぶ上で、覚えない、というのは有り得ないのだ。


教え方については、もっと相談して、と研修の先生から言われたが、
しかし、教育的理念で対立してしまっているので、し難い。

こういう時、自論を金繰り捨てて、他人に教えを乞える人間も居る。
幼少期、そういう行いが賞賛されているのを、本で読んだ事がある。
そんなに驚かれる行いなのか、と疑問に感じていたが、
その立場になると、理解出来る。
自分なりに、持っている物……芯があると、それを
変えられないのだ。自分を変えられる人間は、強い。


予習し過ぎじゃない?と研修の先生から更に指摘された。
そんな事はない。解らないところが、まだまだある。
生徒と一緒に解くぐらいでも良い、
プレッシャーになっているのでは、とも言われた。

その通りで、恐怖感は未だに拭えない。
始めの頃は、手も震えていた。今も、怖い。

……。

力を抜いて教えていても、指導が上手い人も居れば、
全力で向かっても、上手くない、己れのような人間も居る。
態度は違えど、前者の方が、指導者としては圧倒的に上である。
責任感というのは、結果を伴わねば、無駄に終わる。
しかし、それはせめてもの責務である。
自分なりに、力を尽くす。
次に向けて、改善、改良を志向していくのみである。



それから、何ヶ月が経過し、季節も過ぎ、年末になった。

一応、年末年始は休みらしい。盆休みもそうだったが、
或る程度の休日は確保しているようだ。

年末、勉強会をするので、来れるか、と
誘われたので、面倒だと思いつつも行く事にした。

時間通りに到着したが、子供の指導真っ最中。
此処に居てもいいのか悩み乍ら、居座る事に。
子供達が、怪しんだ目で己れを見ている。

……。研修の先生の姿が在った。
己れを見て、挨拶をしてきた。どうして、という表情ではない。
居ても良い、と示している。

子供達が帰って行く。先生が集まる。塾長の姿も在る。

この人も先生だったのか――知らない人だらけだ。
保護者かと勘違いした。咲に挨拶をすべきだったか……。

別室に通される。机が囲うようにして置かれている。
椅子もある。奥へと、詰めて座る。

己れ含めて、計10人。
机の上には、「勉強会資料」が置かれていた。

全員が着席した。

己れは、此処に集った先生方の、教育に対する姿勢を知りたい。
子供を教え、学力を付けさせる事で、本当に子供達を
幸せにしていると思うか?己れはそれを聞きたい。

己れは高校の頃、学年で首位に立った。
そうすれば、周囲からの視線も、尊敬の念を持ったものに変わるだろう。
これまで話した事のない人とも、勉強をきっかけに、仲良くなれるかもしれない。
そう考えて、勉強に励んだ。呆気ないものだった。簡単に、トップに立てた。

その結果、どうなったか?
其処に立つ前に、考えていた事は、全て、甘い幻想だった。

己れは目を付けられるようになった。
敵のようにして、点数を比較され。
一科目でも点数で勝れば、喜ぶ。
その得点の高さに、気味悪がられる事さえあった。

己れが欲しかった物を、勉強は与えてくれなかった。
何て虚しいものだろうか、と感じた。

それ以降、己れは、受験勉強に励む事は無かった。


「それでは、勉強会を始めます。本部がこういうふうに
言ってきているという紹介をしますが、ウチがそれに
全部従うかと言うと、そうではありません。」と塾長が切り出す。

曰く、この間、東京に行って本部と”やり合って来た”らしい。
交通費を本部が持ってくれるのか気になるところだ。
こういうフランチャイズでは、オーナーと本社との対立は常である。
現場と本社の温度差、と言うべきかもしれない。

来春からの話らしく、己れはその時期には辞めるつもりで居るので、
関係ないような話に思えたが、一応、話だけは聞いておく。

要約すると、ITを活用して、ITに強い、と売り込みに動いているとの事。
実際に、タブレット端末の導入やクライドサービスの展開を目指しているようだが、
それで遊ぶ生徒の方が多いだろうし、情報の流出も在り得るので、暫く様子見をする。
取り入れるのは、もっと先にする、との事。

「本部は、ITの導入は時代の流れじゃって言うんじゃけど、
そりゃ、時代に乗っとるんじゃなくて流されとるだけだって
言うとんじゃけどなぁ。」と塾長は語る。

他、教材が変わるらしい。
「これは外部委託みたいです。本部が作ってないって言うのが
一番信頼できる。」

授業内容に関してはこれまでのスタイルと変わらない、
寧ろ、本部がやっと追い付いて来たぐらい、と述べていた。

一通り、話が終わると、塾長は何かを出してきた。
寿司の出前を取ってきたようである。
人数分、---がある。
それと、コンビニエンスストアで買った御茶と、
インスタントの味噌汁も配られた。

薬缶で湯を沸かす。
「……先生、顔近付けたらアカンで。」
「え?前フリ?」
等と言って笑っている。

何が面白いのだろうか。面白くないジョークだ。

笑いのツボが違うという事だろうか。
とするならば、己れと、その友人らとの会話も、
他人から見たら全く面白くないのだろうか。

読み手にも楽しんでもらえると信じて
記しているのだが……。存外、そうではないのか。

プッカ氏が、職場の環境がつまらない、と言っていたのを、
己れは想起した。こういう事なのだろう。

プッカ氏は、NHのジョークを求めているのだ。多分。

食事をしつつ、楽しい会話が繰り広げられる。
その中には、己れが割って入れそうな話もあった。

先生の一人が、炭酸が嫌いだ、と話していたのだ。
だから、ビールも飲まない。ハンドルキーパーを言い訳に、
アルコールも飲まないと話していた。

それから、授業の話もあった。
宿題を出す時、生徒に書かせるのではなく、先生側が
ノートに直接書いた方が確実に伝わる、等と意見を交わしていた。
此れは既に、己れがしている事である……。

だが、結局、其処に入る事は無かった。
何より一番問題があったのが、自己紹介が出来ていない事である。
いきなり会話に飛び込んだところで、誰なのか、となってしまうだろう。

完全に、その機を逃した……。

こういう場合、どうすればいいのか、己れには解らない。
人間関係と言うものを理解出来ないのだ。

解散。直ぐ、帰った。
このまま帰って良かったのだろうか、今日の出来は。0点だった、と
考え乍ら。

翌晩、塾から電話が掛かってきていた。
終に、解雇か。それとも、資料を持って帰ったのが良くなかったのだろうか。

振る舞いに問題が……。でも、それで怒られるのならプラスだろう。
どうすべきか、教えてくれるのであれば有り難い。
指摘してくれる人は、いつの間にか居なくなる。

掛け直すと、聞き覚えの無い声だった。
あちらから掛かってきた、と言うと、塾長に話を通しておきます、と
返された。今、面談中だそうだ。限られた時間の間に、
電話をして来たのだろう。出られなくて、申し訳ない気持ちだ。

待つ。

1時間後。22時に電話が鳴る。

来年から曜日、担当が変わるかも、という話だった。
予備校は、今年で終わりだから、問題は無い、と伝えた。
未だ、己れは戦力として数えられているようだ……。
休日の夕方。突如、電話が鳴った。

担当変更の連絡だ。曜日も変わる。
明日、来て欲しいとの事。此れまで教えていた生徒は、
又、別の先生が担当するようになるそうだ。
……。次の授業までは此方に任せて欲しかったが、
仕方あるまい。

今度は、英語を教えなければならなくなるようだ……。
「癖のある子」らしい。一体、どんな生徒だろうか……。


早めに来るように伝えられたのだが、
支度が遅れてしまった。急いで向かう。
丁度、塾長が車から降りて来ていた。
「こんばんは。」
挨拶をする。
「こんばんは。」

室内に入る。

準備をしていると、塾長に呼ばれる。

「あのー、今日、中学……年生の……を教えてもらおうと
思っとったんじゃけど、風邪で休みちゅう事で。」
「……。」
絶句。

緊張を抑える薬も飲んできたのに……。残念。

塾長から、生徒の情報を聞かされる。
テストで殆ど点数を取れない状態らしい。
困ったものだ。テキストを渡される。
次から、英語を。文法を中心に教えて欲しいとの事だが……。
此方としては、単語を覚えさせたいのだが、一応、
此れまで一通りはしたらしい。
最初はbe動詞からスタートするが、be動詞は英語の数ある
動詞の中でも複雑な概念だと思うが……。
一般動詞から教えるべきなのではないか、と思う。
教える側としてもそれを理解している者は殆ど居ないのではないのだろうか。

テストの成績や、学習態度が記録されたメモを見る。
全体的に知識が不足している状態だろう。
本を読む事を勧めるべきか……。
塾長のメモ……「方針」を「方指」と誤字しているのを見つける。

何もしていないのに居座っているこのシチュエーション。
他の先生は生徒に教えているが、相手が居ない己れは、
虚しいばかりだ。予習も働いた内に含まれるので、
給与は払われるだろう。当然の権利ではあるが……個人的には
どうなのだろうか、と思う。次の授業で発散するしかあるまい。

此れまで教えていた生徒はどうなるのだろう。
予定表を見ると新しく入った大学生が指導の役に就いていた。
しかも、教える相手は複数人。研修期間に多くの生徒を
教えさせるやり方は、己れの時と同じ……。
……。子供の名前が読めない。

「ネーム先生、予習終わりました?もう帰って良いですよ。
一時間付けときますんで。」
教室内を歩いていると、塾長がそう告げた。
「はい、ありがとうございます。」
授業中なので、無言で出ようかと思ったが、
「お先に失礼します。」と断っておいた。
きちんと挨拶をする姿を、子供にも見せておくべきだ。

今度こそ、生徒を教えに行く。
この日は朝から忙しく、充分に予習できなかったが、出来る限りの事はしよう。

己れは初対面の際に必ず自己紹介をする。
出身大学も名乗るが、殆どの生徒に知られていないようだ。
もっと有名なところに進学するべきだったか……。

その後、生徒に質問をした。
成績が極端に低い生徒なので、先ずは学習障害がないか、確かめるのだ。

問題無さそうだ。それなら、本を読む事を勧めよう。
読書をすれば、文字が目に入る。言葉も漢字も覚えられる。
文章を読む力も身に付く。

本を読んでいるか訊ねると、「西遊記」を読んでいると答えた。
きちんと読書をしていてこの点数の低さ……?
奇怪だ。授業をしていればその謎も解けるだろうか。

……。

問題を解くペースは遅く、知識に不足は見られるが、理解力は並みだ。
思考力も決して他者に劣ってはいない。
此方のフォロー次第で平均レベルに押し上げられるだろう。
先ずは、自信を付けさせるところからだ。

だが、英語の文法(しかも一学年下の内容)を教えろと指示されている。
これでは差が開くばかりだ。
復習している間に授業は進む。
其処にテコ入れをしなければ……出来ないというイメージが抜けなくなる。

基本を教えつつ、単語、例文を予習させるか……。

授業を終える。塾長に「どう?教えてみて。」と訊かれる。
「理解力はありますから、これから伸びると思います。唯、解くスピードが
遅い点に懸念はあります。」と答える。
「他に気付きは?」
「……。」
他に?……口呼吸をしていた点か?
指摘するべきか。
「どう?説明して理解できとると思う?」
「或る程度は。」
「いや、或る程度じゃ分からんって。」

己れ自身も「或る程度」の事しか、教えて貰ってはいない。
分かっているのは、前の定期テストの点数だけ。
どんな問題が出され、どのように解答していたのか、までは知らない。
生徒の情報は、殆ど知らない。教え乍ら、探るしかない。

「……。」

答えようがない。他人の思考、理解は数値化出来るものなのだろうか?

今回の授業で己れは様々な解説をした。
このぐらいの年代の生徒には難しいだろうと思われるものから
簡単なものまで。それを通じて、理解力を見極める他無かった。
塾長はそれを聞いていた。難しい解説を理解させられていないと言っているのだ。
己れはそれを完全に把握させるつもりで説明していない。
伏線、或いは、知的好奇心をくすぐるように工夫したつもりだったが……。

「単語書き出させるように言った?辞書引いて調べるようにって。」
「いえ。」
「先週説明したじゃろ。見てない?」
「……。」
「あの子は10説明せんとやってくれん。
5説明しても3とか2とかしかせん。ネーム先生もそうじゃけど、
ちゃんと説明して聞かせるようにせんと。」
「……はい。」

辞書を引かせる事に己れは反対である。
唯でさえ勉強は面倒なのに、更に辞書を引くという
かったるい作業をさせるのは最早、拷問である。
余計に勉強嫌いに拍車が掛かる。

本来は楽しいゲームでさえも、一々攻略を調べてその通りに
プレイしていたらつまらないだろう。それと同じだ。

紙の辞書なんて、己れ自身、殆ど使った経験がない。
己れは、いつも携帯の電子辞書で調べていた。
大学でも、皆、電子辞書を使っていた。

正直、それでさえ億劫である。
意味が解らなければ推測するか、
手っ取り早く誰かに訊くべきだろう。


スマートフォンの仕組みを知らずとも、使いこなせるのと同じように
言語に理解は必要でない。覚えて、使う。それだけ足りる筈なのだ。


この塾長は、どれぐらいの学力を有しているのだろうか?
他の先生達は……?何処の大学を出たのだろう……?
気になるが……。

「宿題出しとるけど、これ今日やった内容と被っとる?」
「……?ええ、授業の内容と一致しています。」
「ならええけど、あの子、やった事以外出来んけぇね。
出来ると思う?」
「……。」

それは、早くに言って欲しかった。
一学年下の内容をしていたので、先取りしていても
問題ないと思っていたのだが。

今回は、授業内容と重なっていたので
運が良かった。



このようなやり取りが生じた原因は仕組み作りに失敗しているからだ。

医療の現場では画像を診断に用られるが、
医者が一人でそれをチェックしても、複数人で、
病理を見落とす確率は殆ど変わらないと言う。
理由は簡単だ。人が見落とす箇所は大体同じだからだ。


これと同様に、子供が勉強で躓く箇所もほぼ一緒。これを踏まえた上で、
適切な指導を行える仕組みを整備すべきなのだ。
個人に合わせた、と言うが、己れは学習に個人差は然程無いのではないかと推測している。
大概が平凡に収まる筈だからである。

そういうものがないので、己れは自分の思うように指導をしている。塾長も然り。
教育に対する理念が違うので、方法も異なる。
そうなると、生徒も混乱させられる。己れなんて、数回の間に
担当を交代させられているので、余計に拍車が掛かっているだろう。



帰り支度をしていると、唐突に塾長は
「ネーム先生、就職活動はどんなですか?」
「全滅ですね。上手くいってないです。」
「職安行った?」
「最近は行ってないですね。」
「行った方がいいよ。就職浪人……何年目か忘れたけど、
これ以上は良くないじゃろ。」
「……。」

もし、何処か採用されても黙っておくか……。

……もたついてる己れが悪いのだが、報告するべき相手が少しずつ減っている。
何とかして、働き口を見つけたいものなのだが。

次の授業の予定を組み立てつつ帰宅。
雨が降っていて、びしょ濡れになった。寒い。


マジックを披露して気を引く作戦を考えていたのだが、
それをする時間は無かった。この生徒は早めに来てくれるので、
授業開始前に見せる事を想定(授業時間内に関係ない事をすると
塾長に怒られるだろう)していたのだが、学校の宿題に励んでいたのである。
止めろとは言えない。

前の授業での印象。口呼吸――口が常時ぽかんと
開いている事について訊いてみた。
勿論、直接ではない。寒いが、風邪が学校ではやっていないか、
嗽、手洗いをしているか、という流れから、口呼吸は鼻呼吸よりも
病気になり易いが、そうなってないか、と質問したのである。

してない、と言い張られた。

手強い。それもそうか……これまでの人生――365日24時間、
常にそうであったのだから、己れがどうこう言えど、
直ぐに解決される筈もない。甘かった。

それと、歯の矯正をしているから口が閉じ難いだけなのかもしれない。

口呼吸してないにしても、口が開いたままの状態は
アデノイド顔貌へと繋がる。顔の筋肉が弛緩し、だらしない顔付きになってしまう。

未だ若い。これから先の人生を考慮すれば、勉強よりも解決すべき課題だ。
今の内に直すべき習慣だと思うが、どう言うべきなのだろう……?


テンポ良く問題を進め、合間にワードチェーンをした。
英単語によるしりとりだ。英語を教える生徒には毎回これをしている。
大抵、この瞬間が色々な意味でピークである。

この生徒は、日本語でしりとりをするのと同じように、
名詞での回答に拘っているようで、他の生徒とは違う傾向の単語を挙げてきた。
「apple」や「lion」、果ては「high school student」。
ユニークなタイプである。もしかすると、動詞を
知らないだけなのかもしれないが……。


早めに終わらせるつもりが、生徒が授業の終わりに
書かなければならない、振り返りへの記述がスロー過ぎて、
結局、いつも通り、大幅にタイムオーバーしてしまった。


英単語の暗記を課題として出したが、果たしてどうなるか……。


次の授業。

思った以上に進まない。

授業の入りに不手際が出た。最初に英単語の暗記を
テストしようと思っていたのだが、そのタイミングで英単語を
確認し始め出したのである。全く覚えてきていなかったのだろう。
覚えさせる時間を与え、英単語の暗記方法についても指南した。
付け焼き刃ではあるが、ここまで見たなら半分は合わせられると
見積もっていたが、甘かった。言葉への感受性が低い。
単語だけでなく、イラストも添えた方が良さそうだ(現に、教科書を見ても
イラストが非常に多い。己れが使っていたものより明らかに優れている)。

そこから、他の課題もチェックし、問題集を解くとあっという間に時間が過ぎる。
しかも、授業中、予備校から電話が掛かってきたり、
塾長の視線を感じたりとプレッシャーを感じる事が多かった。

書くのが遅い。遅過ぎる。……。態となのだろうか。
……だが、此れがこの生徒のペースなのかもしれない。
急がせれば、理解していないのに、先に進んでしまう危険もある。
かと言って、このままだと他の生徒との差が開くばかりだ。
勉強が出来る生徒はそれを元に更に理解するようになる。
着いてこれなくなった生徒は遅れを取り戻そうとして、
復習に掛かり切りになり、より遅れていく。
その差は縮まるどころか拡大する。貧富の差と類似している。

己れの授業の進め方に問題が……。
……。終わりを宣言していない点か。

授業は、生徒が問題を解いただけ、多くても少なくても、
関係なく、授業が終われば終わりになる。だから、勉強を沢山しても
少ししかしなくても、変わりがない。
このシステムでは、己れが生徒の立場でも、
敢えて多くをする気にはなれないだろう。

何ページから何ページまで進む、と言えば、終わりが見える。
そこまですれば、終わり、後は自習にでもしておけば、
生徒のやる気も変わってくるのではないだろうか。

……他の先生はどうしているのだろう?

そういう教え方を受けた経験があるから此れを思い付いたのだろうが、
大抵は何処まで終えたら、終了とは言わなかった記憶がある。
これが、日本の長時間労働に繋がっている……とするのは考え過ぎだろうか。





どうやら己れに教える才能はないようだ。


様々なものを用意はしているが、生徒のペースが
ゆっくりしているのもあり、披露する時間がないのが残念である。
途中、塾長から、英文を一纏めにして覚えるように
指導しろ、と言われた。生徒は困惑していた。

終了。宿題の答え合わせをしただけで殆どの時間が過ぎてしまった。
こうやって教えるのも、残り僅かだ。
思い残しがないように予定を立てるのだが、
授業で用いる問題集の出来が悪い。生徒が混乱するような順番になっている。

英語の教材なのだが、動詞について説明したと思えば、突如、代名詞になり、
その次に動詞の過去形、というような奇妙な配列になっている。
己れが未熟なせいで理解出来ないだけで、狙いがあるのだろうか?

そうしていると、塾長が就職活動について訊いてきた。
万が一、上手く行っても話すつもりはないが、それが顔に出るであろう事を
予期し、極力表に出さないようにしているのだ、と悟られぬように振る舞う。
「未だ決まってないですね。」
「何処か受けた?」
「先日も一次試験があったので、それの結果待ちです。」
……己れはいつも結果を待っているような……。気のせいではあるまい。
だが、実際そうなのだから仕方ない。
「他は?」
「一般社団法人も受けてみようかと考えています。」
「それは何?」
「最近、募集していて――。」
その一般社団法人の名称を話そうとしたが、
訊いているのはそんな事ではない。
「官公庁に近い組織ですね。公務員に準ずるものかと。」
「そういうとこしか受けんのん?」
「そうですね。家族が安定を一番に願ってますし、
公務員試験のための勉強も生きてくるので。」
疲労で上手く話せない。公務員はコネがないと成れない、という噂の
真偽を確かめるため。それをトップに据えていたつもりが、
口を突いて出たのはその言葉。己れは、無意識に話すのと、意識的に
語るのとではどちらが上手く話せるのだろうか?
「民間は?」
「民間なら急いで探す必要もないかと思いまして。」
「それもまぁ、そうじゃけど、要するに合うか合わんかよな。家族と話はしとる?」
「この認識に齟齬はありません。」
「まあ、家族ともゆっくり相談した方がええよ。」
「ええ。ありがとうございます。」
「あ、とそれから、来月には3年生が入れ替わるけえ
……今月一杯までと、ゆう事になります。」
「あ、そうですか。分かりました。」
来月まであると思ったが無いのか。
授業をどう組み立てるべきか……。

上着を羽織って、外へ出る。
「お先に失礼します。お疲れ様でした。」
「お疲れ。寒いけえ気を付けて帰りぃよ。」
「はい。気を付けて帰ります。」
不意に言われたので、発言そのまま鸚鵡返しになってしまった。



数日後。

塾長が電話をしている。
如何やら、来ない生徒が居るらしい。


普段通り予習をしていると、生徒に声を掛けられた。
「テスト勉強をしたい。」と。

己れは慌てた。しかも、勝手に勉強を始めている。
一応、塾長に相談をする。別に構わないから、
範囲を絞って教えて、と言われた。

教えられるかどうか……。好き放題、自分のペースで
何か書いているが……。宿題なのか、と訊いてみたが、
そうではない、と言われる。しかし、この一生懸命さから見ると、
明らかにそうである、と推測できた。

……。教科書ガイドを持っている。驚いた。
今では、そんな物を渡されるのか。

教科書ガイドとは教科書の補完本である。
持っているのは、英語の物だ。
其れには、日本語訳や、教科書に出て来た
新しい単語の意味が完璧に掲載されている。
教員が使っている冊子でもある。
一々、辞書を引いたり、調べたりする手間が省ける。
物凄く楽である。

生徒は、それを見て、ノートに一生懸命、書き写している。

以前、己れは塾に在るそれを印刷して生徒に渡した事があるが、
其れは無駄な行為だったようだ。己れはそういう物を
渡された覚えが無かったので、親切のつもりでしたのだが、
無知を晒しただけだったようだ。

己れが生徒の頃に有ったら、とても便利だっただろうな……。


それはそうとして……。
此れは、誰が、どういう意図で生徒に寄越しているのだろうか。



経済物理学者によれば、上位3%の富裕層とそれ以外の97%では
経済のルールが全く異なるのだと言う。

97%側は熱経済、3%側は超熱経済と呼び、97%の人は
自身の労働によって収益を得るが、3%の富裕層は豊潤な資金を
生かす投資によって、青天井に資産を増やしているのだそうだ。
少し前に有名になった「金持ち父さん貧乏父さん」という書籍でも
語られているが、お金がお金を生む、状態になっているのだ。


此れはお金に限った話ではないと思う。
学力、知識も同じではないだろうか。

クイズ番組等で、どうしてこの人はこんなに色々な物事を
知っているのだろうか、と驚いた事はないだろうか。

それは、どうしてだろうか、と疑問を持ち、
此れまでの学習と結び付けたり、気になって調べたりするからだ。

そうやって、疑問を持つ為には、元々の教養も必要である。
それから、観察力、洞察力も必須だ。それが在る者は、
貪欲に、情報を吸収していく。更に、学を深めていく。

考える習慣を有している者と、無い者では、
天と地以上の差が付く。


生徒が持っている、教科書ガイド。
考える力の無い者は、只管それを写すだけ。
それに乗っかって、楽をするだけだ。
しかし、自力で学ぶ力のある者は、調べる手間が
省けた事によって、教科書以外から学ぶ時間が増える。

推測だが、勉強出来る人間が教科書ガイドを
生徒に渡そう、と言い出したのだろう。そういう人間程、楽をしたがるものだからだ。
教科書に出てくる単語が解らないのなら、
その教科書ガイドをさっと開くだけ。辞書で調べなくてもいい。
その時間が減る分、単語の暗記や他の科目を勉強するのに時間を回せる。

此れまでは、勉強出来る者も出来ない者も、殆どが等しく、
逐一、辞書を引いて調べていた(己れは辞書を引くのが面倒だったので、
解らない単語は殆ど読み飛ばしていた。調べるとしても、携帯電話の辞書を使っていたが)。
だが、それが無くなる事によって、時間に余裕が生まれる。
その余った時間をどう使うか。自ら、学ぶ者と学ばない者に分かれる。
それによって、格差が広がるのだ。

しかし、殆どの大人は、子供に考えさせる教育を施せない。
それを理解しているのは、一握りの、それこそ、
3%の側に立つ人間である。結果として、勉強出来る者、出来ない者の差は
埋まらない。その連鎖も抜け出せない。
教科書ガイドを見ても、写す、という作業しか出来ない。



この3%、という数字は、何も富裕層の3%ではなく、
その真逆の貧困層の3%にも別のルールがありそうである。
お金持ちの世界と極貧の世界。二つの倫理観は完全に異なるだろう。
「持っている人はさらに与えられて豊かになる。
持っていない人は持っているものまでも取り上げられる」のである。
お金の話を学力にも適応したように、拡大して解釈すれば、
健康(日々、健康に気遣う人と、それ以外の人)とか犯罪(どうにも更生が難しい人と、
何とか更生が出来そうな人)とかの面でも、97%と3%の関係は生まれるのかもしれない。


閑話休題。本題に戻ろう。

お金がお金を呼ぶ状態と、
知識が知識を呼ぶ状態。
丸っ切り、一緒ではないだろうか。

格差は広がり続ける。それは金銭的な部分だけではない。
学力も、又然りである。


そういう訳で、己れはその写すだけの行為にストップを掛けた。
先ずは、教科書に出てくる文の中で、解らない単語を抜き出す。
その意味を推測させる。又は、此方が教えるか、教科書ガイドに
載っているものはそのまま書き写させる。覚えるのは、
家でして貰えばいいだろう。

その後、日本語訳を行う。
2ページ、進んだ。

……。しかし、他の生徒の様子を見る等して、
目を離していると、全く異なる方向へと進み始める。

日本語訳を写した後に英文を書くのである。
英語を読む力が無いからだ。それに、この冊子のせいで、
日本語訳を先に目に入れてしまう習慣が付いてしまっているのだろう。

テストでは、日本語訳は出てこない。
英語を見て、答えなければならない。

そういう話をしたが、如何せん、理解していないようである。
その上、単語も妙なものを書いている。

「The George Hotel……ジョージ・ホテル」
「Grandfather's Clock……大きな古時計」

……。

それは将に国語の勉強をしようとして「クラムボン」や「エーミール」の名前を
覚えるのと同じ行為である。
全くの無意味であると否定は出来ないが、固有名詞は
暗記をしても応用が利かない。
それならば、一般名詞や動詞を覚える方を優先した方が良い。

そう言い聞かせたものの、無視される。
如何やら、先生がそれを含めて単語を書くように指示しているようだ。


授業時間が過ぎる。

どうにかして、3%の方に。何もせずとも、自ら知識を得て、
学ぶ側に立たせたいのだが、上手くはいかない。

何事も、時期が重要であるのと同様に、
そういう話をするタイミングが早過ぎるのかもしれない……。


一週間に1回、生徒を見るだけでは効果は薄いと感じる。
宿題も多めに出してはいるが、殆ど無意味だ。
影響力が無さ過ぎる。

一週間は時間に直すと
7×24=168時間。
その中で、1時間、2時間、勉強を見た所で、
改善を促す事は出来ないだろう。

生徒のやる気を引き出せれば良いが……。



アルバイトの最後の日の前日。
電話が掛かって来た。気付くのが遅く、取れなかった。
この番号は、塾からだ。掛け直す。
しかし、掛けて来た本人である塾長はもう何処かに行ってしまったらしい。

又、掛け直してくるとの事。

……。
そうして待ったが、掛かって来ない。

諦めて寝る。

翌日。昼に電話が鳴った。
「あのー、今日が最後っていう話だったんじゃけど、
ネーム先生が教えてる……さんがおやすみ言う事で。」
「……。」
衝撃で言葉を失った。楽と言えば楽ではあるが……。
「こういう形になって申し訳ないけど、
今までお疲れ様でした。」
「……。今までお世話になりました。ありがとうございました。」
「失礼します。」
「失礼します。」

……。

最後の日だから、菓子折りも用意していたのに。
驚きの余り、忘れてしまっていた。

急いで掛け直すも、繋がらない。
夕方に掛け直すと、塾長ではなく、別の先生が出た。

今までお世話になったので、菓子折りを渡したい、というと、
塾長が居る夜に来て欲しい、との事だった。
誰か居るなら直ぐに行っても良かったかな、とは思ったが、
一応、塾長に渡す事にしよう。

ほぼ普段通りの時間に向かう。
扉を開け、挨拶。
「塾長居ますか?」
……。塾長の鞄がある。居るみたいだ。
「あぁ、はいはい。ネームさん。」
他の先生から話は通して貰っているようだ。
「今まで御世話になったので、菓子折りを……。」
「態々、こんなんせんでええのに。」
と塾長。
「今日がホントは最後の予定じゃったんじゃけど、
こうなってすみませんね。……さん、学校の根。
テストが近いでしょ。その間に出された学校の
課題が終わってないからって休み。」
「そうですか。」
己れは菓子折りを渡す事に集中してしまっていた。
何処まで教えたか、説明した方が生徒にとっても良かっただろう。
自分のしたい事だけに集中している。己れはまだまだ、自分勝手だ。
「今まで他の先生からも御土産を頂いてばかりでしたし、
年末にも御寿司を頂きましたので、その気持ちばかりの御礼です。」
「いや、要らんてな。」
冗談なのだろうが、トーンは本音である事を伺わせた。
「折角ですので受け取って下さい。」
「……はい、じゃあまた皆で美味しく頂きます。」
「短い間でしたが、御世話になりました。いい経験をさせて頂きました。」
「はい。お世話になりました。」
「今まで有難うございました。」
「頑張ってね。」
「失礼します。」
「お疲れ様でした。」
終わった。漸く、肩の荷が下りた。
人の人生を、此れ以上は背負えなかっただろう。
又、この仕事に戻る事は無い。

己れは、次に向かってまた進む。
此処で得たことをまた次に。

夜の街を行く。

オリオン座が輝いてる。
己れが学生の時にも、
同じようにそれは輝いていた。己れが、変わっていく。
17/7/8 塾業界→やりがいはあるけど、少子高齢化で先細り。子供集めるのが大変。
介護業界→高齢化社会で需要はあるけど、糞尿の処理等、精神的な壁があり、辛い。
小売・飲食業界→需要がある。しかし、休めない。
IT業界→納期が厳しく、長期残業が当たり前。

この中から選ぶのであれば、やりがいのありそうな塾業界……かなぁ……。
……夢のない時代だ、と常々感じる。

17/7/11 数日間に亘った内容を一つの記事に収めるのは、何気に初めてかもしれない……。

17/7/27 子供は子供。教え子は教え子。恋愛の対象ではなく、指導の対象。何も感じなかった。
18/2/28 半年以上費やして、一つの記事を書き続けたのは初めてかも。('A`)
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ネーム ハンドル

Author:ネーム ハンドル
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ネーム ハンドルと申します。
Name Handle。略してNH。
一人称は「己れ(おれ)」。

主な内容は日記(空想。不定期更新)です。
イタめな日記ですが暖かい目で
見守ってやって下さい。

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