That's 記(雑記)

ネーム ハンドルの自己満足でいろいろなことを書いてます。

学ぶという事

多くの若者が、名門大学に入学する。

毎年、毎年。難易度の高い試験を乗り越える。
競争率が高い中、勝ち残る。

しかも、その多くが、長く生きていない、
大人にすら達しない――10代という若さで。

驚嘆に値する。己れでは、不可能な事を、
彼ら、かの女らは、容易に成し遂げている。
その多くが、「学ぶ」という事を、知っている。

勉強とは何だろうか。大抵は、先生や親から、しなさい、と
強制的に学ばされる事であると、捉えられるだろう。

しかし、「学ぶ」――「学び」とは、そうではない。
させられて、長続きする例は皆無だ。
主体的で無ければ、継続は出来ない。
苦痛が勝るからだ。



かの有名な発明家「トーマス・エジソン(エディソン)」は幼少期、
「Why?」を連発して、教師を困らせたという逸話がある。

どうしてだろうか、何故だろうか、と
ありとあらゆるものに疑問を持ったのである。


己れはこの話を、子供の頃――エジソンの伝記を、読んで知った。
知的好奇心の強い人物だと解った。

勉強する上では、それが大事であると解った。
だが、理解は其処までにしか到達しなかった。

自分なりに周囲の物に関心を向けるところまで
至らなかったのだ。多少なりとも、どうしてだろう、と
疑問に持つ事はあったが、それは長続きしなかったのである。

何故なら、其処に至る為には、鋭い観察力と洞察力が必要なのである。
其れが無ければ「Why?」という疑問すら、湧いてこないからである。
単に見ているだけでは、何も得られない、という事だ。


しかも、エジソンはその先を行く。自分で推測、仮説を立てて、それを元に
実験を行っている(ヘリウムガスを用いた、人体浮遊実験のエピソード)。

此れには、思考力と創造力が必要である。
その力を持つには、前に挙げた力――観察力と洞察力――が必須だ。

深く考える力を持たなければ、「学び」に達せない。


其れを有している者の知力には際限が無いように感じる。
当たり前の話だ。そういう人にとっては、勉強だけが
「学び」ではない。身の回りのもの全て、24時間全てが、学びだからである。
「学び」を知っている者と、机に向かう事だけが「学び」だと思っている者とでは、
指数関数的に差が付く。其れはもう、爆発的である。

この事に多くの若者が気付いている。そこには、テストの点数以上に、
見えない差というものが存在するのだ。己れがこの歳になって
やっと到達できた境地に、その人達は遥か昔に辿り着いている。
そういう人々は、その上、その先へと、突き進み続けているのだ。

18/2/10 だから、「学び」を知っている親は、子供に対して、どうしてだろう、と考えさせる習慣を付けさせている。('A`)
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