That's 記(雑記)

ネーム ハンドルの自己満足でいろいろなことを書いてます。

環境も人の業

人の境遇は、
その人自身の力によるものと、
その人の置かれている環境。

その2つの要因によって、成り立っている。

この2つ。どちらの影響が大きいのだろうか?

古代中国では、戦争の勝敗は天運に左右されるという考え方が強かったと云われている。
推測だが、中国だけでなく、世界の何処であっても、運を重んじる
傾向は強かったのではないだろうか。日本の戦国時代でも、
様々な方法で験担ぎをしたり、占いによって戦をするか否かを決めたりしていた。

こういう点を鑑みると、人は、その結果を外部の、
見えない力によるものだと考えがちであるという推測が立つ。
自分ではどうにもならない何かが存在すると思ってしまうのだ(尚、根拠が
特にないにしても、験を担ぐという行為はその人にとって
プラスの効果を齎すという実験結果もある)。

悪いことをしたらバチが当たる、善行で報われる。
そういうふうに関係ないもの同士であっても、
因果関係を考えてしまう人の性質故ではなかろうか。

そんな中、「孫子」として有名な孫武は戦争の記録を分析、
研究し、その勝敗は運ではなく、人の力によって
決まっている事を発見したのである。
神でも仏でもなく、見えない何かでもない。周囲の環境ではなく、
人間が、自身の力で変えられると気が付いたのだ。

自力と、環境と分けて考えるのではなく、人の力は、
その環境に影響を及ぼせるのだ。
自分では変えられない何かの存在を感じながらも、
人は自らの力で道を切り開いてきたのであろう。


もし、何もかもが変えられる、自身の環境を
自分に合わせて極限まで変え得るのであれば、殆ど、神だ。
神に近付いていると言っても過言ではないと思う。
全てのものに自分が影響を与えられるとなると、
自分と他者との境目も曖昧になりそうである。


けれども、自分の力の及ばない範囲から与えられる、
偶然の出会いというものも、存在する。

戦国時代――関ケ原の戦いで、西軍のトップとして戦った石田三成は
豊臣秀吉にその才を見出された。

そんな豊臣秀吉も、どのような出会い方をしたかは
明らかになっていないが、織田信長によって、その才を認められた。

織田信長が存在しなければ、豊臣秀吉は庶民のまま、
歴史の表舞台に登場しなかったかもしれない。石田三成も、然りだ。

それは運だったのか。
それとも、本人の力だったのか。
将又、必然だったのか。

18/3/31 内容をもっと分厚くしようと考えていたが、話が四散してしまい、解り辛くなったので記事を分ける事にした。('A`)
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